65話 回り道
ロータシーとの激戦が終わり、そこには再び静寂が戻ってきた。
俺は魔剣を消滅させ、軋む身体を引きずりながら、倒れている仲間たちの元へと向かう。
「......みんな」
惨状、と呼ぶに相応しい光景だった。
瓦礫に埋もれ、ハンマーを握ったまま気絶しているスミス。
全身から血を流しながらも、膝をつき、最後まで壁となろうとした姿勢で意識を失っているイーシア。
そして、魔力枯渇で蒼白になりながら倒れているソフィア。
全員、重傷だ。だが、胸は動いている。息はある。彼らが命を削って稼いでくれた『10秒』がなければ、俺はこの世界に戻って来られなかっただろう。
俺は震える足で、その中心で倒れているユキの元へ膝をついた。
「......ッ」
酷い怪我だ。全身打撲に、肋骨も数本いっているかもしれない。俺は血に塗れた自分の手を拭い、震える指先をユキの胸にかざした。
「......頼む。起きてくれ」
俺はあまり慣れない──いや、苦手分野である『回復魔法』の構成を脳内で紡ぐ。
破壊することしか知らなかった俺にとって、崩れた組織を繋ぎ合わせ、細胞を活性化させる治癒のイメージは、針の穴に糸を通すような繊細さを要求される。
焦るな。集中しろ......。
脂汗が頬を伝う。魔力を糸のように細く絞り、ユキの傷口へと慎重に縫い合わせていく。
「ん、ううっ.......」
やがて、ユキの喉から微かな呻き声が漏れ、その瞼がゆっくりと震えた。
その瞳が、うっすらと開かれる。
「......レイ?」
「ああ。......平気か? ユキ。無茶させちまったな」
俺の声に、ユキは安堵したように微笑んだ。
「......うん。大丈夫だよ。レイが戻ってきてくれたんだから」
自分の傷よりも、まず俺の無事を喜ぶ。そんなユキの健気さに、胸が締め付けられるようだった。
ユキはふらつきながらも上半身を起こし、周囲を見渡した。
「それより、みんなを治さないと......!」
「ああ。だが、今の俺の回復魔法じゃ時間がかかりすぎる。スミスやイーシアの傷は深い」
俺の不器用な魔法では、全員を完治させる前に誰かが力尽きるかもしれない。俺が唇を噛み締めると、ユキが俺の手をギュッと握った。
「レイ。僕とシンクロして」
「......!」
「レイの魔力を使って、僕の拒絶を使う。怪我をしたっていう『事実』ごと、拒絶するんだ」
なるほど。俺の膨大な魔力をガソリンにして、ユキの能力というエンジンを回すわけか。回復じゃない。事象の否定。それなら、一瞬で全員を救える。
「分かった。行くぞ」
俺はユキの手を強く握り返し、意識を同調させる。俺の中に渦巻く『魔鉱石』由来の莫大な魔力が、繋いだ手を通じてユキへと流れ込んでいく。
「──拒絶!!!!」
ユキの澄んだ声が響く。
瞬間、世界の色が反転した。
スミス、イーシア、ソフィア、そしてユキ自身の身体を覆っていた血や傷口が、元々無かったようにふさがっていく。
『負傷した』という事実そのものが、世界から弾き出されたのだ。
「......っは、凄まじいな」
数秒後。
そこには、傷一つない状態で安らかな寝息を立てる仲間たちの姿があった。
◇◇◇◇◇
「......おいおい、マジかよ。身体が軽いぞ」
最初に声を上げたのは、スミスだった。
彼は自分の身体をペタペタと触り、信じられないといった顔で立ち上がる。
「あのデカブツにハンマーごと吹っ飛ばされて、肋骨の二、三本は覚悟したんだがなぁ。古傷まで治ってやがる」
「これが勇者の『拒絶』......事象の書き換えか。恐ろしいほどの力だな」
イーシアもまた、斬り裂かれたはずの腕をさすり、感嘆の息を漏らす。
ソフィアは眼鏡の位置を直しながら、呆れたように、けれど嬉しそうに微笑んだ。
「理論上は可能でも、まさか本当にやってのけるとは......。貴方たち二人は、いつも私の計算を飛び越えていきますね」
元気になった三人の姿を見て、俺とユキは顔を見合わせて笑った。
「お前たちが命懸けで『10秒』を稼いでくれたおかげだ。......ありがとう」
俺が頭を下げると、三人は照れくさそうに、あるいは誇らしげに鼻を鳴らした。
「礼を言うのはこっちだぜ、レイ。......ん? ちょっと待てよ」
スミスの視線が、俺が腰に差していた『ゲヴェニア』の機関部分に釘付けになった。
「その剣、ちょっと見せてみな」
俺が言われるままに渡すと、スミスは鍛冶師の目つきに変わり、内部のクリップやトリガー機構を食い入るように観察し始めた。
「......あ? なんだこれ」
「どうした、スミス」
「こいつの魔力圧縮機構と、爆発推進の回路......。俺が『フェルファクナ』や自分のハンマーに使ってる独自理論と、根幹の設計思想が全く同じだぞ?」
「なんだって?」
俺たちは驚きに目を見開く。
スミスの技術は、サテンヘルドの工房で彼が独自に編み出したものだと思っていた。だが、円卓の幹部が持つ武器に、同じ技術が使われている?
「魂レベルで俺と同じ設計思想。なんだこりゃ」
スミスは複雑そうな顔でゲヴェニアを俺に返した。
ロータシーが最期に見せた「人間らしさ」と、この技術の共通点。円卓という組織は、未だ底が知れないな。
だが、今は考えるのはよそう。俺たちは勝った。全員で、生きて帰れるんだ。
「......さて」
俺は大きく息を吐き、仲間たちを見渡した。
鉱山都市サテンヘルドを出発してから、随分と長い距離を歩いてきた気がする。
捕まり、離れ離れになり、そしてこうして再び巡り会った。大きな、本当に大きな回り道だった。
けれど、その回り道のおかげで、俺たちは「最強のパーティ」になれた。
俺はユキの肩を抱き、皆に向かって告げる。
「それじゃあ、帰ろうか。俺たちの拠点──ロンベルに」
俺の言葉に、全員が力強く頷いた。足取りは軽い。
俺たちは勝利の余韻を噛み締めながら、帰るべき場所へと歩き出した。




