64話 剣士の矜持
俺の持てる全て──魔鉱石の腕に蓄積されたマナを全放出する『完全開放』。
その蒼い閃光は、ロータシーをゼロ距離で飲み込み、要塞の壁ごと空間を抉り取った。
そして、光が収束した直後─────。
ギャリンッッッ!!!!
不吉な駆動音と共に、フェルファクナの内側から四本の冷却用楔が射出され、俺の右腕を深々と貫いた。
「ぐ、がぁあああああぁぁぁあああッッ!!!」
脊髄を直接焼かれるような激痛が脳を揺らす。
フルバーストによって行き場を失い、暴走しかけた過剰魔力を、楔が物理的に筋肉と神経へ縫い付けることで強制制御しているのだ。
俺は歯を食いしばり、煙を上げる右腕を左手で強く握りしめた。脂汗が噴き出す。だが、ここで意識を飛ばすわけにはいかない。
爆発による黒煙が、寒風によって徐々に晴れていく。
その向こう側。瓦礫の山と化した祭壇の前で、なおも立っている影があった。
「......はは。とんでもない威力だ」
軍服は半身が吹き飛び、自慢の剛剣『ゲヴェニア』だけがその形を保っている。全身から血を流し、立っているのが奇跡のような状態。
それでも、円卓第八席ロータシーは、倒れていなかった。
「その理不尽なまでの破壊力。そして、死線を越えてなお強くなろうとする意志......」
ロータシーが、砕けた剣を杖代わりにして、ゆっくりと顔を上げる。その瞳からは、先ほどまでの冷徹な殺意や、狂気じみた実験意欲は消え失せていた。
あるのは、どこか懐かしむような、澄んだ光。
「これが、俺がかつて抱いていた”憧れ”......物語の中の”英雄”への渇望だったのかもしれないな」
「......憧れ、だと?」
「ああ。俺たち円卓も、最初から狂っていたわけじゃない。世界を救おうとした。だが、いつしか『結果』のみを求めるあまり、過程を捨て、心を捨て......怪物に成り果てた」
ロータシーは自嘲気味に笑い、俺を真っ直ぐに見据える。
「ありがとう、剣聖。貴様のその一撃で、俺は死の淵でようやく......元の正義を思い出すことができた」
「なら──」
「だけど─────」
俺の言葉を遮り、ロータシーは再び剣を構えた。
優しい顔つきはそのままに、しかしその双眸には、死兵としての凄絶な覚悟が宿る。
「もう、後戻りはできない。今の円卓は、すでに暴走状態にある。今更、善人面して投降できるほど、俺の手は綺麗じゃないんだ」
カチリ。
ロータシーが、壊れかけたゲヴェニアの最後のクリップを装填する音が響く。
「頼む、剣聖レイ。……せめて最期に、一人の『剣士』として。俺に引導を渡してくれないか」
そこには、勇者の守護者と、円卓じゃなく、二人の剣士がいた。
残っているのは、携える剣と、互いの技術のみ。
これ以上ない、純粋な決闘の申し込みだった。
「ああ。全力で、受けて立とう」
俺は魔剣を構え、静かに告げる。
その言葉に、ロータシーは満足そうに口角を上げた。
それからお互いに、言葉を発することはなかった。
そこに響くのは、ただ鋼と鋼がぶつかり合う硬質な音と、荒い呼吸音だけ。
「ハッ、ぁぁッ......!」
ロータシーの剣には、もう魔弾の加速はない。それどころか、まともに剣を振るう腕力さえ残っていない。
だが、その一太刀一太刀には、確かに「剣士」としての矜持が宿っていた。
俺はそれを、真正面から受け止める。
弾き、いなし、そして──。
「これで、終わりだ─────」
俺は交差の瞬間、防御の空いたロータシーの懐へと踏み込み、魔剣を突き出した。刃が肉を断ち、心臓を貫く感触が手に伝わる。
「ガ、は......ッ」
ロータシーの動きが止まる。
俺は静かに魔剣を引き抜いた。支えを失った彼は崩れ落ちる──かと思われたが、足を踏ん張り、その場に立ち続けた。
「......最期に、お願いが二つある」
口から大量の血を溢れさせながら、ロータシーが消え入りそうな声で語りかけてくる。その瞳は、もう焦点が合っていない。それでも、彼は俺の方を真っ直ぐに向いていた。
「俺の剣......『ゲヴェニア』は、こんなところで終わっていい剣じゃない。俺のような壊れた人殺しではなく......正しき資質を持つ者に、受け継いでほしい」
彼はゲヴェニアの柄を、愛おしそうに撫でる。そして、彼は震える手を俺へと伸ばした。
「そして......俺の、ぼくの」
一人称が、揺らぐ。
円卓の幹部としての仮面が砕け、ただの兄を想う弟としての顔がそこにあった。
「ぼくの家族を......兄さんたちを、止めてくれ」
「......ああ」
「頼ん......だ......」
その言葉を最後に、ロータシーの手が力なく垂れ下がった。それでも、膝は折れなかった。
彼は崩れ去った城の中で、一人の武人として、立ったまま絶命していた。
俺は静寂を取り戻した戦場で、その亡骸に向かい、深く頭を下げる。
「ああ。その遺志、確かに受け継いだ」
俺は地面に落ちたゲヴェニアの柄を拾い上げる。
ずしりと重いその感触は、彼が背負っていた業と、最期に見せた祈りの重さそのものだった。
俺とユキが生き残ればいい。ただそれだけの戦いは、もう終わったのだ。道を間違えた彼らを止め、その想いを継いでいく。
それが、勝者となった俺に課せられた「英雄」としての責務なのだと、痛いほどに実感した。
◇◇◇◇◇
間違った者なんて、存在しないのかもしれない。そこにあるのは正義と正義のぶつかり合い。
俺たちの勝利は、あまりにも静かで、重いものだった。




