63話 リベンジ
俺はヒュニエスタの袖をキュッと引っ張り、乱れた襟元を直す。
肺に空気が満ちる感覚。フェルファクナから伝わる魔力の伝導。その全てが、俺がこの世界に戻ってきたことを実感させてくれる。
実際の時間にすれば、数日──いや、数時間だったのかもしれない。
だが、あの光も音もない虚無の空間での体感時間は、それを何倍、何十倍にも引き伸ばすような永劫の苦痛だった。
しかし────────────。
俺の帰還を信じて待つユキが諦めない限り、俺が心を折るわけがないだろう?
自然と口元に笑みが零れる。
かつては俺の背中に隠れて震えていたあのユキが、今や俺を救い出し、こうして背中を預けられるほどの勇者になった。その事実が、言葉にできないほどの熱を俺の胸に灯してくれる。
「......随分と変わった剣だな?」
俺は思考を切り替え、目の前の男──ロータシーを見据える。彼が携えている剣、『ゲヴェニア』。
ユキとシンクロした記憶でその特性は把握している。剣と銃を融合させた魔導兵器。だが、その構造は俺の知るどんな武器とも異質だ。
俺の問いかけに、ロータシーは不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「確かに、ゲヴェニアは普通じゃないだろうな。……お前は、このリズムについて来れるか?」
カチリ。
ロータシーがトリガーに指をかける。
「行くぞ」
二発。
重厚な駆動音と共に、ゲヴェニアが蒼い燐光を撒き散らして加速する。
速い──!
だが、見えていれば対応できる。俺は魔剣を斜めに構え、ゲヴェニアの軌道を側面から叩いて逸らす。
重いな......!
剣が触れた瞬間、手首に痺れが走る。
火薬による爆発ではない。込められているのは高密度に圧縮された『魔弾』だ。トリガーを引くことで魔力を瞬発的に炸裂させ、その反動を斬撃の推進力へと変換しているのか。
実際に弾丸が飛んでくるわけではない。あくまで、『銃を撃つように斬る剣』─────。
「ハッ!!」
俺は魔剣を返し、ロータシーの首元を狙う。
だが、奴は表情一つ変えず、流れるような足さばきで俺の剣を紙一重で回避した。
「──ッ!?」
その動き。見覚えがあるどころの話じゃない。重心の移動、呼吸、そして「後の先」を取るカウンターの思考。
「お前......まさか」
「気づいたか? 同門だよ、俺たちは」
ロータシーが再びトリガーを引く。
ガォンッ!
加速する横薙ぎ。俺はバックステップで躱すが、衝撃波が肌に伝わる。
相手も『鏡映流』の使い手というわけか......!
どうりで攻めづらいわけだ。
俺が攻撃しようとする予備動作を読み、そこにカウンターを合わせようとしてくる。逆に俺がカウンターを狙えば、それを読んでフェイントを混ぜてくる。
互いに互いの思考を読み合う、鏡写しの攻防。
剣戟は激しさを増していく。
ゲヴェニアが弾を消費するたび、致命的な斬撃が俺を襲う。
手を変え品を変えて攻めるが、奴の防御は鉄壁だ。魔弾の加速がある分、単純な出力負けしそうになる。
だが、どんな武器にも「限界」はある。
......七、八ッ!
ロータシーが追撃の突きを放ち、八発目の魔弾を消費した瞬間だった。
キィィィンッ!
戦場に似つかわしくない、澄んだ金属音が響き渡る。
ゲヴェニアの機関部から、空になったクリップが勢いよく排出された。
──リロードか!
いかに強力な魔導兵器といえど、弾が尽きればただの鉄塊。次のクリップを装填する、コンマ数秒の隙。
ここを逃す手はない!
「そこだッ!!!」
俺は踏み込み、魔剣を突き出す。勝利を確信した一撃。
だが──相手もまた、鏡映流の達人であることを、俺は失念していた。
ロータシーは装填動作に入ることなく、空のゲヴェニアを構えたまま、スッと腰を落とした。
「鏡映流中段術 縮断・白虎─────」
「なッ?」
奴の姿がブレる。弾丸の加速など必要ないと言わんばかりの神速の踏み込み──『縮地』。
俺の突きが空を切るより早く、奴は俺の懐へと潜り込んでいた。
マズった......! 弾がなくとも、剣術の腕は本物かッ!
魔弾はあくまでブースター。その本質は、研ぎ澄まされた剣技そのもの。
このままじゃ、反撃どころか防御すら間に合わない。
『縮地』で加速したロータシーの斬撃は、すでに俺の首を落とす軌道に乗っている。
なら─────。
俺は思考のギアを無理やりねじ上げた。
普段から常時発動している知覚強化魔法『ディテクティブ=アイ』。その術式へ、脳が焼き切れる寸前まで魔力を注ぎ込む。
「ぐぅ、うッ.....!」
脳漿が沸騰し、頭蓋がきしむような激痛。だが、その代償と引き換えに、流れ込んでくる情報量は爆発的に跳ね上がる。
ロータシーの筋肉の収縮、ゲヴェニアの駆動音、舞い散る雪の結晶。その全てが、コマ送りのスローモーションのように引き伸ばされていく。
見える......!
俺は冷静に、迫りくる死の軌道を解析する。
首への直撃は回避不可能。だが、身体を半歩──いや、数センチずらせば?
『首』ではなく、『左肩』。ゲヴェニアの質量と推進力なら、俺の左腕ごと肩を抉り飛ばすだろう。
激痛? 重傷?
─────上等だ。即死じゃなければ、それは「かすり傷」だ。
俺は回避行動を捨て、あえて一歩、前へと踏み込んだ。
「なッ!?」
スローモーションの世界で、ロータシーの目が驚愕に見開かれるのが見えた。カウンターを警戒していた彼にとって、防御を捨てた特攻は想定外の狂気。
ガギィィィンッ!!!!
ゲヴェニアの刃が、俺の左肩に深々と食い込む。骨が砕け、肉が裂ける感触。焼けるような衝撃が脳を揺らす。
だが、俺は倒れない。むしろ、食い込んだ刃ごと奴の懐へ身体をねじ込む。
「捕まえたぞ......ロータシーッ!!」
至近距離。回避不能のゼロ距離。
俺は右腕を突き出し、スミスが込めた禁断のコードを叫ぶ。
「フェルファクナ、完全開放!!!!」
パージッ!!
乾いた音と共に、右腕を覆っていた装甲が弾け飛ぶ。露わになったのは、蒼碧色に結晶化した異形の腕──『魔鉱石』そのものと化した、俺の右腕だ。
制御を失った純粋な魔力が、大気を焦がして暴走を始める。
「撃ちィ、込めえええぇぇぇぇえええッッッッ!!!!!!!!!!」
俺はありったけの魔力と、フェルファクナ内部に蓄積されていたマナを、掌から一気に解放した。
魔法構成なんてない。術式もない。ただ純粋に、圧倒的なエネルギー質量をぶつけるだけの、破壊の奔流。
「馬鹿な、魔力をそのまま──ッ!?」
カッッ!!!!
ロータシーの声を掻き消し、視界全てを染め上げる蒼い閃光が炸裂した。
轟音と共に、要塞の壁ごと空間が吹き飛んでいく。
俺の左肩の痛みも、右腕の崩壊する感覚も、全てが光の彼方へと溶けていった。




