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百折不撓のアルゴリズム  作者: 一ノ瀬隆
3章 快刀乱麻のブレイブハート

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58話 稀代の魔術師

俺たちは鉱山都市サテンヘルドを出発し、再びロンベルへの帰路についていた。



メンバーは俺とユキ、そして──。



「あー、暇だ! 暇すぎるぜ! 盗賊の一人くらい飛び出してこねぇのかよ!」



俺の専属鍛冶師として、スミスが加わっている。 サテンヘルドからロンベルへの街道は、魔鉱石の輸送ルートとして徹底的に整備されているため、スミスの不満通り、驚くほど平和な道のりだった。



「平和なのは良いことだよ、スミスさん。おかげで景色も楽しめるし」



「チェッ。せっかく俺様の傑作『フェルファクナ』が火を噴くチャンスだと思ったのによぉ」



そんな軽口を叩きながら進む道中。ふと、ユキが俺の腰にあるホルダーを見つめて口を開いた。



「ねえ、レイ。その『グリモ=メモリア』って、どういう原理で出来ているの?」



不意の質問に、俺は魔本へと視線を落とす。 古びた装丁。しかし、俺の思考とリンクし、魔法を最適化して記録するその機能は、明らかにこの時代の技術を超越している。



「さあな。俺にもわからないところが多いんだ。ただの魔道具じゃない。まるで......意思を持って、俺たちの旅を記録しているような感覚がある」



「意思、かぁ。もしかしたら、本の精霊さんとかが住んでるのかもね」



ユキが無邪気に笑う。 師匠から託された謎多き遺産。その正体を知る日は来るのだろうか。



そんな他愛のない雑談を交わしながら、俺たちはひたすらに続く一本道を歩いていた。 あまりに代わり映えのしない景色。退屈すら感じるその光景に、ふと──俺の脳裏で警鐘が鳴った。



......なんだ?



奇妙な既視感(デジャヴ)。 街道沿いに立つ枯れ木。道端に転がる手頃な石。そして、空に浮かぶ雲の形。



さっき、これと全く同じ配置を見なかったか──────?



「......おい、二人とも。止まれ」



「あん? どうしたよレイ」



俺は足を止め、冷や汗が背中を伝うのを感じながら、周囲を警戒する。 ただの勘違いじゃない。俺の「死に戻り」で培った観察眼が告げている。ここは、さっき通った場所だ。



整備された一本道で、迷うはずがない。引き返したわけでもない。 なのに、俺たちは「同じ場所」を歩かされている。



認識阻害......いや、空間湾曲か?



そう、俺がこの異常を”認識”し、思考した──その瞬間だった。



カチリ。



世界が、何かが嵌まる音を立てた。



「──その鋭い観察力が、君の首を絞めることになるとは、皮肉だね」



空間そのものが歪み、風景がガラス細工のようにひび割れていく。 俺たちが「違和感に気づく」こと自体が、この罠を起動させるトリガーだったのだ。



力が入らない。まるで、自分をふさぎ込むように周囲が押さえ込んでいるようだ......!!!



「昔から僕は戦うことが苦手でね。普段は研究をメインにしているんだけど──────」



あやふやな像が前に現れ、自分に語り掛ける。



「君はどうやら、何回でもやり直せる力を持っているみたいだからね。ピンポイントで封じることにしたんだ」



その像は、見下す形になり、自らの名を語る。



「ああ、自己紹介がまだだったね。僕はベター。円卓第二席、ベター=サイプだよ。よろしくね」



「ベター......サイプ......!?」



その名は、ソフィアから聞いていた。円卓第二席にして、魔法の理を解き明かした天才。 だが、そんな肩書きよりも、俺の本能が警鐘を鳴らしていた。目の前にいるこの男は、これまでの円卓とは根本的に「質」が違う。



殺気がない。憎悪もない。 あるのは、実験動物を見るような、冷徹で無機質な観察眼だけだ。



「レイッ!!」



「テメェ、何しやがった!?」



ユキとスミスが即座に反応する。 スミスが背中の巨大ハンマーを引き抜き、フェルファクナもかくやという剛力で、俺を閉じ込めている「見えない壁」へと叩きつけた。



「オラァッ!! 離しやがれ!!」



ドォォンッ!!



ハンマーが空気を殴る重い音が響く。だが、衝撃はどこへも伝わらない。まるで、壁に当たった運動エネルギーそのものが「無かったこと」にされたように、ハンマーは勢いを殺され、スミスの手から滑り落ちた。



「なっ......!?」



「無駄だよ。そこは『認識の檻』。外側の物理法則とは切り離された、独立した位相空間だ」



ベターは興味なさそうにスミスを一瞥すると、再び俺へと視線を戻す。



「さて、レイ君。君の能力『タイムシフト』は非常に厄介だ。殺せば戻る。追い詰めて自害されても戻る。......正直、対処法がない無敵の能力に見えるよね」



ベターが指をパチンと鳴らす。 すると、俺の周囲の空間が収縮し、呼吸すら困難な圧力が全身にかかり始めた。



「ぐ、がッ......!」



「だから、僕は考えたんだ。『殺さなければいい』と」



その言葉に、俺の血の気が引いた。



「君を殺さず、生かさず、意識も時間も凍結した亜空間に永遠に封じ込める。そうすれば、君は死ねないし、時間は戻らない。......世界は、君という特異点を失ったまま進み続ける」



これが、奴の答えか。 俺の死に戻りを攻略する、唯一にして最悪の手段。 無限の孤独。永遠の幽閉。 それは「死」以上の絶望だった。



「やめろッ!! レイを返せ!!」



ユキが叫び、聖剣を顕現させる。 黄金の光が空間を切り裂こうとするが、ベターはそれを嘲笑うかのように手をかざした。



「勇者君。君にはまだ用はないんだ。そこで指をくわえて見ているといい」



拒絶(リジェクト)!!」



ユキが叫ぶが、魔法が発動しない。いや、発動する前に、魔力の構成式がほどかれている?



「理解したかい? 僕は魔法の理そのものに干渉できる。君たちの抵抗は、全て計算済みだ」



俺の体は、徐々に地面へと沈んでいく。まるで底なし沼に飲み込まれるように、空間そのものが俺を彼方へと引きずり込もうとしていた。



指先一つ動かせない。声も出せない。 終わる。ここで俺が封印されれば、ユキはどうなる? スミスは? 世界は?



クソッ......動け、動いてくれッ......!



必死に藻掻くが、拘束は強まるばかりだ。 視界の端で、ユキが泣き叫びながら手を伸ばしているのが見える。 届かない。指先数センチが、永遠のように遠い。



その時だった。



ドクン。



腰のホルダーが、熱を帯びた。 『グリモ=メモリア』だ。 あの古びた魔本が、まるで意思を持った心臓のように脈打ち、俺の脳内に直接「意志」を流し込んできた。



─────託せ。



誰の声かは分からない。だが、その声は俺の迷いを断ち切った。 俺は拘束された体の中で、唯一動く「魔力」を右手に集中させる。 フェルファクナの出力を最大にし、拘束を一瞬だけ強引にこじ開ける。



「......う、オオオオオッ!!」



俺は咆哮と共に、腰のホルダーを引きちぎった。 ベターが眉をひそめる。



「おや、まだ動けるのかい?」



完全に沈むまで、あと数秒。 俺は残った全ての力を振り絞り、その本を──俺たちの旅の記憶を、ユキへと向けて放り投げた。



「受け取れ、ユキィィィィッ!!!」



放たれた魔本は、ベターの計算外の軌道を描き、結界の隙間を縫って飛んでいく。



「レイッ!!」



ユキが飛び出し、空中でそれを抱きしめた。



「......あ」



それが、俺が見た最後の光景だった。 俺の体は完全に亜空間へと飲み込まれ、視界が闇に塗りつぶされる。



「賢明な判断だ。だが、それで何が変わる?」



ベターの声が遠ざかっていく。 感覚が消える。意識が凍結していく。



すまない......ユキ......



俺の思考はそこで途切れ、世界は静寂に包まれた。



◇◇◇◇◇



「レイ......?」



そこには、もう誰もいなかった。 ただ、冷たい風が吹き抜ける街道と、主を失った空間だけが残されていた。



「ウソ、だよね......?」



僕の腕の中には、レイが最後に託してくれた『グリモ=メモリア』だけが残っている。 その温もりだけが、これが現実であることを残酷に告げていた。



「レイいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!!!」



絶望の叫びが、何もない空に虚しく響き渡った。

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