57話 勝鬨
視界を埋め尽くしていた純白の閃光が、ゆっくりと薄れていく。
土煙と熱気が晴れた後に残っていたのは、更地になった荒野と......俺たちの勝利だけだった。
一瞬の静寂。
まだ死の恐怖に強張っていた市民たちが、目の前の光景を理解するまでに数秒を要した。
誰かが、震える声で呟く。
「かった......のか?」
その呟きは、すぐに熱狂の波となって広がった。
「う、おおおおお......俺たちの、勝利だああああッ!!!!」
割れんばかりの勝鬨が、サテンヘルドの空に響き渡る。
俺はその歓喜の渦を横目に、肩で息をする少年の元へと歩み寄った。
「やったな。アクシア」
短く声をかけ、右の拳を突き出す。
魔力を使い果たし、今にも倒れそうになっていたアクシアだったが、その顔には晴れやかな笑みがあった。
「うん......ボクたちの、勝ちだ」
彼は最後の力を振り絞り、俺の拳に、自らの拳をコツンと合わせた。
二度目のフィストバンプ。
あの薄暗い部屋で交わした時とは違う。
今の彼の瞳には、かつての後悔も、引きこもっていた頃の陰りもない。あるのは、自らの足で未来を勝ち取った活力と、確かな達成感だけだった。
◇◇◇◇◇
その後の事後処理は、痛みを伴いながらも順調に進んだ。
負傷者はユキと街の治療師たちが不眠不休で治療にあたり、そのほとんどが後遺症もなく回復する見込みが立った。
それでも、犠牲がゼロだったわけではない。
死者、数十名。最初の奇襲攻撃による被害だった。
俺たちはその死を悼み、丁重に弔った。全てを救うことはできなかったかもしれない。だが、この街は生き残った。俺たちが、守り切ったのだ。
そして──────
戦後処理から二日が経ち、街の復興が軌道に乗り始めた頃。
俺たちは再び、鉄と油の匂いが染み付いたスミスの工房へと戻ってきていた。
作業台の前で、スミスがニヤリと笑う。
「それじゃ、始めるとするか。『完全体フェルファクナ』の最終調整にな」
「痛みを伴う工程はもう終わってる。あとは微調整だけだ」
スミスのその言葉に、俺は肩の力を抜いた。
「んじゃ、眠りながらでもいいから座ってくれな」
その提案は、今の俺にとって救いだった。
ここ数日、戦後処理と警戒任務でまともに眠っていない。緊張の糸が切れた今、瞼は鉛のように重かった。
「......ああ。悪いが、任せたぞ」
言い終わるよりも早く、俺の意識は泥のような眠りへと落ちていった。
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「......っ、はぁッ!!」
俺は弾かれたように飛び起きた。
心臓が早鐘を打ち、汗が背中を伝う。
とんでもない夢を見た気がする。内容は......いや、思い出すのはよそう。今はもう過ぎ去ったことだ。
「ん、どうした? 怖い夢でも見たかよ」
飛び起きた俺を覗き込むように、スミスがニヤニヤしながら顔を近づけてきた。
「......なんでもない。それより、作業は終わったのか?」
「へへん! よく聞いてくれたぜ!」
スミスは胸を張り、完成した『フェルファクナ』について語り始めた。
そこから一時間に及ぶ熱弁が続いたが......要約すると、機能は三つだ。
一つ目は『日常形態』。
ガントレットの表面が、愛用している『ヒュニエスタ』と同じ特殊魔布で覆われ、擬態する。見た目の威圧感を消し、普段の生活に支障が出ないようにするモードだ。
二つ目は『戦闘形態』。
サテンヘルド防衛戦で使用した形態。魔力循環を最適化し、無駄のない挙動を可能にする。
そして、三つ目。
「いいかレイ。最後の一つは『完全開放』だ」
スミスの声色が、職人のそれへと変わる。
「お前の腕を覆う装甲をパージし、”あえて”魔鉱化した右腕を露出させる。リミッターを解除し、馬鹿でかい出力を叩き出すための形態だ」
「ただし......その反動は、四本の魔導杭を深々と突き刺すことで、お前の神経ごと無理やり発散させる。文字通りの諸刃の剣、切り札ってワケだ」
想像するだけで、右腕が幻痛に襲われるようだ。だが、それだけのリスクを背負う価値のある力なのだろう。
フェルファクナの調整は終わり、この街での俺の用事も全て済んだ。
「......さて、帰るか。ロンベルに」
翌日の出発に向け、俺は旅の準備を始めた。
荷物をまとめている途中、工房の扉が叩かれる。
「お、もう発つのか」
スミスだ。俺は「ああ」と短く頷き、作業を続けようとしたが......スミスは帰ろうとしなかった。
彼は決意を秘めた瞳で、俺を見据える。
「俺も、ロンベルへ行くぜ」
「......なに?」
「腕の立つ英雄様には、腕の立つ専属鍛冶師が必要だろ? それに、そのフェルファクナのメンテナンスができるのは、世界で俺様ただ一人だ」
スミスはニッと笑い、自分の荷物を掲げて見せた。
「まあ、任せろって!」
断る理由なんてない。これほど心強い仲間はいないだろう。
こうして、スミスも共にロンベルへ帰還することになった。
そして、翌日。
朝日が昇る中、街の出口には見送りに来てくれたアクシアの姿があった。
「ありがとう、レイくん。キミのおかげで、ボクは変われた」
アクシアは、もう俯いてはいなかった。その瞳は、真っ直ぐに俺たちを見ている。
「何かあったら呼んで。ボクも必ず力になるね。......それまで、もっと鍛えておくから!」
「ああ。期待してるよ、アクシア」
再会を約束し、俺たちは歩き出す。
アクシアとの別れは名残惜しいが、立ち止まっている暇はない。
背中で手を振る気配を感じながら、俺たちは前へと進む。
短いようで長かった、サテンヘルドでの激闘。
その旅は今、静かに終わりを告げた。




