55話 最強の矛
俺たちは、土煙を巻き上げながらスミスの工房へと滑り込んだ。
壁一枚隔てた外の世界では、爆音と衝撃が絶え間なく鳴り響いている。アクシアとユキが、その身を削って時間を稼いでくれているのだ。
一秒たりとも、無駄にはできない。
「早速始めてくれ。俺のことは気にするな。手加減なしの全力で頼む」
作業台に腕を投げ出し、俺は短く告げる。それはスミスへというより、恐怖心を抱く自分自身への戒めでもあった。
スミスは工具を手に取り、ニカっと口角を吊り上げる。
「ああ! 言われなくたって、俺の辞書に手加減なんて言葉はねえよ!!」
その言葉を最後に、スミスの纏う空気が一変した。
親しみやすい悪友の顔は消え、そこにあるのは鉄と魔力を支配する職人の眼光。
「......じゃあ、行くぜ」
スミスがスイッチを入れる。
ギュイィィィィイイン......!!
甲高い駆動音と共に、高速回転する魔力ドリルが、俺の右腕に突き立てられた。
「ぐ、おおおおおおおおッッ!!!」
皮膚を裂き、肉を抉り、変質した骨へとドリルが食い込む。
脳髄を直接ミキサーにかけられるような激痛。飛び散る火花と鮮血、そして魔力の残滓が視界を灼く。
意識が白く飛びそうになるのを、俺は奥歯が砕けるほどの力で噛み締めて繋ぎ止める。
痛い。だが、外で戦うあいつらの痛みに比べれば、こんなものは蚊に刺された程度だ。
遠のく意識の中で、骨格の切削が終わる感触があった。
「ここからが本番だ。神経接続を固定するために、魔導杭を四本打ち込む。......舌噛むなよ、レイ!!」
スミスの鋭い警告。
直後、上下左右、四方から冷たい杭があてがわれた。
ドゴォォォォン!!
ハンマーが振り下ろされる。
打撃のたび、神経網に灼熱の鉛を流し込まれるような衝撃が走る。熱いのか冷たいのか、それすらもう判別できない。
二本、三本......四本目。
限界を超えた激痛が、逆に俺の意識を鋭敏に研ぎ澄ませていく。
「よし......コネクター装着に成功した。最後だ、ガントレット接続!!」
肉に食い込んだ杭を覆うように、黒光りする魔鉱の装甲がスライドし、装着される。
カシャン、と重厚にして冷徹なロック音が工房に響き渡った。
暴走しかけていた右腕の魔力が、強制的に循環回路へと組み込まれていく。
スミスが額の汗を拭い、獰猛な笑みを俺に向けた。
「......完成だ。そいつが、今の暴走した右腕を制御し、敵を穿つ最強の矛」
俺は、新しく生まれ変わった右腕をゆっくりと持ち上げる。
「『フェルファクナ』だぜ!!」
──────フェルファクナ。
これが、俺の魔力循環を正常化し、破壊の力を効率へと変換する新たな相棒だ。
俺は右手の感覚を確かめるように、ゆっくりと拳を握り込む。
肉を削られた手術の鈍痛は残っている。だが、これまで常に感じていた、血管をマグマが流れるような魔力暴走の激痛は......綺麗に消え失せていた。
代わりに流れるのは、冷徹で静謐な魔力の奔流。
「よし......循環は安定している。完璧だぞ、スミス」
「ったり前よ! 俺を誰だと思ってるんだぜ」
スミスは額の汗を拭いながら、張り詰めていた糸が切れたようにいつもの調子へと戻っていた。
だが、その顔色は蒼白だ。限界を超えて作業してくれた証拠だった。
「いいかレイ。そのフェルファクナは、まだ完全じゃねえ。......だが、その”モード”だけは完成させておいた。いわば、純粋な戦闘形態ってワケだ」
余計な機能は削ぎ落とし、ただ戦うためだけに特化させた。今の俺にはそれが一番ありがたい。
「利便性を高める調整は、これが終わってからだな」
「おうよ。......じゃあ、あとは派手に暴れてこいよ。頼んだぜ、守護者様!!」
言い切った瞬間、スミスの体から力が抜けた。
俺は倒れ込むその体を支え、近くの作業用椅子へと静かに座らせる。
泥のように眠る友の顔を見下ろし、俺は短く告げた。
「......ああ。あとは、任せろ」
工房の扉を開け放つ。
熱風と轟音が、再び俺の頬を叩いた。
準備は整った。
すでに、翼を折られた剣聖はそこにおらず、自らの存在を再観測する。縛られた英雄は解き放たれ、戦場へと舞い戻った──────。




