53話 『螺旋』
ボクはたまらず、走り出していた。
さっきまであった、膝の震えはない。一歩一歩が、大地をしっかりと踏みしめている感覚を返してくれる。
「......っはあっ、っはあっ、うぅっ......!」
普段動かないから、肺が焼けつくように熱い。心臓が早鐘を打っている。 でも、止まっちゃいけない。止まるわけにはいかない。
必死に前へ、前へと足を動かす。
「......み、見えた!」
黒煙の向こうに、スミスの工房が見えた。もう少
しだ。
疲れで鉛のように重くなった足を叩き、ボクはスミスの工房へと飛び込んだ。
「はぁ、はぁ......ッ」
乱れた息を整えながら、工房内を見渡す。 そこには、先ほどの爆撃で乱雑に崩れた資材と、工具の山があった。 スミスがレイさんのために準備していた、改造の痕跡。
どこだ。どこかに、今のボクでも使えそうな──いや、この状況を覆せる「力」はないか。
「......あった」
工房の奥。瓦礫に埋もれかけてなお、異様な存在感を放つものがあった。 螺旋を描いた、変わった形状の剣。 少し前に、スミスが「制御できねぇ」と愚痴をこぼしていたから知っている。
スミスの作った怪物、”螺旋剣クァエスタ・ヘリット”。
ボクはフラつく足で駆け寄り、その冷たい金属に触れた。 重い。そして、構造が複雑すぎる。 普通の人間なら、どう扱えばいいか分からないだろう。
だが、ボクには分かる。 ボクはずっと、頭の中で世界を作ってきた。何万回ものシミュレーションを繰り返してきた。 だから、この剣の構造も、必要な魔力パスも、触れただけで脳内に設計図が浮かび上がる。
「いける......!」
いち早く、この武器を自分の物にしないといけないんだ!!!!!
そう強く願い、この剣を手に取ろうとしたとき、
バサッ。
汗で張り付いた長い前髪が、視界を遮った。 前が、ちゃんと見えない。
「......邪魔だッ!!!!」
ボクは近くに転がっていた工作用ナイフを手に取り、躊躇なく自分の髪を掴んだ。 ジャリッ、という音と共に、刃が走る。
ここまで伸びた髪は、停滞の象徴。 部屋の隅で膝を抱えていた、弱いボクの抜け殻だ。 もう、時間は止まらない。進むんだ。
切り落とされた金色の髪が、ハラハラと舞い落ちる。 だが、その髪は床には落ちなかった。
ブワッ!
ボクの溢れ出した魔力に呼応するように、宙を舞った髪が光を帯び、複雑な幾何学模様を描き始める。 髪が、魔法陣へと変化していく。 まとまった髪は、まるで意思を持つ蛇のようにクァエスタ・ヘリットの剣身を這い、螺旋の溝へと吸い込まれていった。
「こ、これは......」
本能的に理解した。 切り離した髪が、ボクと剣を繋ぐ「パス」になったんだ。 今、この剣にはボクの分身が纏わっている。ならば、ボクの妄想を、直接この剣に流し込むことだってできるハズだ。
ボクは柄を握りしめ、高らかに叫んだ。
「廻れ、螺旋剣──クァエスタ・ヘリット!!!!!」
その叫びとともに、確かに”繋がった”。 ギャギャギャギャギャギャンッ!!!! 工房の空気を切り裂き、鋼鉄の螺旋が咆哮を上げた。
「ボクも、戦いますよ。レイさ、じゃなかった。レイくん」
そうして、前より大分短くなった髪をまとめ、ハーフアップにした。
もう逃げない。そう決意し、決戦の場へと足を運ぶ。 スミスの工房を後ろにして──────。




