47話 バーンナップ
「......ッ、痛ったい」
ズキズキと脈打つこめかみを押さえ、重い頭を振る。 何があった......? 記憶の糸を手繰り寄せる。 そうだ。あの演説の後、エデニアムの私室に戻って、俺とユキ、イーシア、ソフィアの身内四人で「本当の祝勝会」をしたんだった。
張り詰めていた糸が切れた反動か、それとも勝利の美酒が過ぎたのか。 結局、酒に慣れていない俺とユキは早々にダウン。イーシアも上機嫌で飲み潰れ、最後はソフィアが呆れ顔で後片付けと介抱をしてくれた......というわけか。
「ん......レイ......」
身体を起こそうとすると、胸元に重みを感じた。 見ると、ユキが俺の服を掴み、しがみついてすやすやと寝息を立てている。 無防備すぎる寝顔に、思わず頬が緩む。
そして、ベッドの向こう側には──とんでもない大の字で、布団を蹴飛ばして爆睡しているイーシアの姿があった。 昼間の凛とした騎士団長の姿はどこにもない。
「......さすがにはしゃぎ過ぎたか」
自分の中で大いに反省しながら、俺はユキを起こさないようにそっと身体を抜け出した。 喉が渇いた。顔も洗いたい。
部屋を出て、共用のリビングへと向かったところで、エプロン姿のソフィアと鉢合わせた。
「おはようございます。レイ様。少しお時間いただいても?」
「ああ。大丈夫......おはよう、ソフィア」
あれだけの惨状を片付け、こうも整然としているソフィアに感心するしかない。 彼女は酔い覚ましの水を俺に手渡しながら、本題を切り出した。
「レイ様の右手を何とかできる鍛冶師が、一応見つかりました。......あくまで、『一応』ですが」
ソフィアの言葉に、少し引っ掛かりを覚える。 完璧主義の彼女が、なぜ言葉を濁すんだ?
「有名な鍛冶師ではありませんが、腕は確かなようです。後でエデニアムに来るように手配していますので、あとはレイ様のご判断に任せます」
「わかった。会ってみるよ」
俺はズキつく頭で頷いた。 どんな人物が来るにせよ、この暴走する右手を何とかできるなら、藁にもすがりたい気分だった。
◇◇◇◇◇
俺はズキズキと痛む頭を抱えながら、エデニアムのフロントでその鍛冶師を待っていた。 ソフィアの話では、もう到着しているはずなのだが。
「よろしく頼むぜェェェェッ!!!!!!!!」
鼓膜を突き破るような大音声と共に、エントランスの扉がバーン! と勢いよく開かれた。 鉢金を巻き、油と煤で汚れた作業着を纏った男が、風のように入ってくる。
「......うっ」
二日酔いの頭に響く。 間違いない、あの男だろうな。見るからに、俺と大して変わらない年齢だ。これが、ソフィアの言っていた鍛冶師か。
無駄のない筋肉に、俺とさほど変わらない身長。思っていた人物像とは違い、好青年な印象を受ける。
ソフィアの評価は独特だった。 『腕は極めて優秀です。しかし、優秀過ぎて使いこなせる人がいないのが最大の欠点です』
見たことの無い革新的な構造。 既存の常識に捕らわれない、素材の限界を無理やり引き出す機構。 それゆえに、使用者が反動に耐えられず、武器より先に人間が壊れる──そんな「欠陥品」を作るのが、この鍛冶師なのだという。
普通の騎士なら敬遠するだろう。 だが、今の俺には「それ」が必要だ。
「お前が、ソフィアが言っていた、スミスか?」
「おうよ! 俺がスミスだ!」
スミスは、白い歯を見せてニカっと笑った。 裏表のない、太陽のような男だ。 その真っ直ぐな瞳に見つめられると、二日酔いの頭痛すら吹き飛びそうな気がしてくる。
「アンタが、新しい剣聖サマだな? ソフィアから話は聞いてるぜ。『とんでもないナマモノ』を制御してくれってな!」
「......ナマモノ扱いかよ」
俺は苦笑しながら、右手の革手袋を外した。 スミスの目が、点になる。
「こいつだ。見ての通り、普通の鍛冶じゃどうにもならない」
俺は結晶化した右手をスミスの前に突き出した。 蒼碧に輝く指先。バチバチと散る魔力の火花。 普通の人間なら引くか、気味悪がるところだ。
だが、スミスは違った。
「すげぇ......ッ!!!!」
彼は目を輝かせ、俺の右手を両手でガシッと掴んだ。 熱い。こいつの手、熱すぎるだろ。
「なんだこりゃ!? 生きてんのか!? いや、鉱石そのものが魔力の塊になってやがる......! こんな素材、見たことねぇぞ!!」
スミスは俺の手を様々な角度から眺め、鼻息を荒くする。 そこに恐怖や嫌悪はない。あるのは、未知への興奮と、職人としての純粋な闘志だけだ。
「どうだ、スミス。これに合うガントレットを作れるか?」
俺が尋ねると、スミスは顔を上げ、今日一番の熱い笑顔で言い放った。
「当たり前だろ! こんな面白れぇモン見せられて、燃えない職人がどこにいる!」
彼はバンッ! と俺の肩を叩いた。痛い。
「やってやるぜ! 俺の持てる全技術を注ぎ込んで、アンタのその腕を完璧に乗りこなす『最強の牙』を作ってやる!」
「頼もしいな。で、いつから取り掛かれる?」
「今すぐにでも叩きてぇところだが......」
スミスは腕組みをして、周囲を見渡した。
「ここでは無理だ。俺の工房に行かねぇと、最高の仕事はできねぇ。道具も、炉の火力も足りねぇんだ」
「工房? どこにあるんだ」
「決まってんだろ!」
スミスは親指で、西の方角をビシッと指差した。
「鉱山都市サテンヘルドだ! 俺たちのホームグラウンドに来な! そこで最高のやつを打ち上げてやるよ!!」




