46話 称号
俺とユキは、喧騒に包まれた街の中心部──お祭り会場へと足を運んだ。
そこには、俺の知らない世界が広がっていた。 香ばしい匂いを漂わせる屋台の数々、特設ステージで陽気に踊る踊り子たち、そして笑顔で酒を飲み交わしている人々。 誰もが恐怖を忘れ、今日の生を謳歌している。
この平和を、俺達は守ったのか。 そう、心の中で反芻する。今までただ「死なないため」に戦ってきたが、その結果がこの笑顔に繋がっているのなら、悪くない気分だ。
「レイ! あっちの屋台の食べ物、すっごく美味しそうだよ! あれ食べたい!!!」
ユキが子供のようにはしゃぎ、俺の袖を引く。 その眩しい笑顔につられて、戦場にいたことで長く閉ざしていた俺の心が、少しずつ開きかけていた。
◇◇◇◇◇
気づいたころには、あれほど明るかった空が紺碧に染まり、星が瞬き始めていた。
「......久しぶりだ。こんなに時間が経つのが早かったのは」
「だね。僕もいっぱい楽しんじゃった」
ユキは満足げにお腹をさすっている。この数時間で、ユキはどれくらいの食べ物を胃袋に収めたのだろうか。あの細い体のどこに入っているのか不思議だ。
「それじゃ、そろそろ帰るか。体も休めたいしな」
そう言って、俺がエデニアムへの帰路につこうと踵を返した時だった。
「──帰さないよ」
背後から、ユキが俺の頭からバサリと何かを被せてきた。 視界が完全に遮断される。分厚い布だ。
「おい、ユキ!? 何をするんだ!」
「いいからいいから! ちょっと付き合ってよレイ!」
目の前が隠れて何もわからない。どこかに連れていかれているのはわかるが、周囲の喧騒がどんどん大きくなっていく。一体どこへ向かっているんだ?
前が見えないまま引きずられること数分。そこで、よく聞きなれた凛とした声が響いてきた。
「今回の勝利は、彼の者があってこそだった! 我らが誇る、最強の守護者!」
イーシアだ。拡声魔法を使っているのか、声が広場全体に響いている。 何か楽しそうに演説しているが、一体何なんだ? 嫌な予感がする。
「それじゃ、楽しんできて、レイ!」
バッ! と勢いよく布を取り払われると同時に、ユキが俺の背中をドンと押した。
「え......?」
よろ
めきながら前に出る。 目の前に広がるのは、まばゆいスポットライトと、イーシアの笑顔。 そして──俺を英雄として崇め、割れんばかりの歓声を上げるロンベルの群衆だった。
「冒険者ギルドと、魔導ギルド、そしてロンベルの民が、総意としてレイ殿に新たな『名』を与えることを決定したのだ」
イーシアの声が、夜空に響き渡る。 新たな名......? 称号のことか? 俺のような、出自も不明な人間に、それはあまりにもったいない話だろう。
だが、イーシアは俺の戸惑いなどお構いなしに、高らかに宣言した。
「先の戦いにおける獅子奮迅の功績、そして誰も成し得なかった円卓の討伐をもって、本日、ここに『剣聖』の誕生を宣言する!」
うぉぉぉぉぉぉっ!!
地響きのような歓声が巻き起こる。
「俺が、剣聖ッ!?!?」
驚きを隠せない。 俺はただ、ユキと一緒に生きるために、死にたくない一心で必死になっていただけだ。 それが、結果としてみんなを助けることになっていたとは。
......まあ、それも悪くないか
ふと、そう思った。 俺の望みはユキとの平穏な生だ。だが、その延長線上に「この世界の民を守ること」があるのなら、それを受け入れるのも悪くない。俺たちはもう、日陰に隠れて生きるだけの弱者じゃないんだから。
「それでは、新しき剣聖レイ殿から、皆に一言をお願いしよう」
イーシアがマイク代わりの魔道具を俺に向ける。 無茶振りにも程がある。俺はこんな経験、初めてだ。 数千の視線が突き刺さる。何を言えばいい? 感謝? 謙遜? 全く思いつかない。
言葉に詰まり、視線を彷徨わせた、その時だった。 ステージの袖、暗がりの中に、ユキの姿が見えた。
あいつは、ニカッと笑って、親指を立てていた。 『レイなら言えるよ』 そう言っている気がした。
ふぅ、と息を吐く。 不思議と肩の力が抜けた。俺は頭の中で言いたいことを整理して、民衆へと向き直る。 飾る必要なんてない。俺が経験した真実を、そのまま言えばいい。
「......俺達の勝利は、絶望を諦めなかった末の物だ」
俺の声が、静まり返った広場に響く。 何度も死んだ。何度も心を折られかけた。それでも、俺たちはここに立っている。
「それは、これからも変わらない! どんな理不尽が来ようとも、俺は、俺達は、そうやって勝ち続けていく!!!」
それは、ロンベルの民へと宣誓するものでもあり──これから待ち受ける過酷な運命へと向き直る、俺自身の決意表明でもあった。
ワァァァァァァァッ!!!!
爆発的な歓声が、夜の闇を払い飛ばすように燃え上がった。




