45話 ブートアップ
俺たちは、クオカミとムラク、そして1000の軍勢を迎え撃った。それは文字通り、死線を越える戦いだった。
俺とユキは、満身創痍の状態でソフィアに回収され、治療室へと放り込まれたところで記憶が途切れている。
「ん......」
泥のように重い体を、何とか起こして周囲を確認する。見慣れた無機質な天井。どうやら、エデニアム本部にある俺の部屋に送ってくれたようだ。
喉が焼けるように渇いたな、と思った瞬間、視界の端からスッとグラスが差し出された。
「おはよう、レイ。はい、水」
「ああ、俺は隣にいるメイドさんからグラスを受け取り、一気に水を飲み干し──。
「ブホッ!?」
盛大にむせた。 二度見、いや三度見する。そこには、フリフリのメイド服に身を包んだユキがいたのだ。
「おい、ユキ? なんでそんな格好を?」
「これ? レイのお世話しようと思ったけど、僕に合うサイズの服がなかったんだ。だから、かわりに着せてもらったの」
ユキは服を見せびらかすように、くるりと一回転して見せる。スカートがふわりと広がり、白いエプロンが揺れる。
......そこに居たのは、一人の天使だった。
じゃない。取り敢えず、乱れた心を落ち着かせよう。深呼吸だ。
「そ、それより、腕は大丈夫だったか?」
俺は誤魔化すように話題を変え、ユキの腕を取る。
「うん。傷跡は少し残っちゃったけど、日常生活に支障はないよ」
捲り上げた袖の下、その細い腕には裂傷のような傷跡が走っていた。だが、あれほど痛々しかった傷口は塞がっており、皮膚もきれいに再生している。ソフィアの治療魔法の練度の高さが窺えた。
「それより、レイの身体だよ。今は違和感ない?」
「違和感......?」
ユキの問いかけを受けて、初めて自分の身体に意識を向ける。痛みはない。だが、右手に妙な「重さ」と「冷たさ」を感じた。
「右手が、ええと、これはどうなってるんだ?」
俺は息を呑んだ。 俺の右手は、もはや人間の手ではなかった。指先が鋭く変形し、まるで猛獣の爪のような形状へと変質している。そしてその表面は、肌色ではなく、マナが具現化したような透き通る蒼碧色に染まっていた。
「それに関しては、私から説明させていただきます」
絶妙なタイミングで、ソフィアが俺の部屋に入ってきた。ソフィアは俺と、メイド姿のユキを交互に見て、眼鏡の位置を直す。
「......お邪魔でしたか?」
何を勘違いしたのかわからないが、とにかくこの腕を説明してもらおう。
「いや、大丈夫だ。それより、この腕は?」
「その腕は、レイ様の魔力欠乏の治療中に発生した、突然変異です」
俺は説明を聞きながら、恐る恐るその腕に触れてみる。硬い。そして、冷たい。体温は感じられず、生物というよりは、冷徹な物質に近い感触だ。
「私の推測では、魔力の急増に肉体が耐えられなかったのでは、と」
「ただ、なぜ急速に魔力が増えたかは、見当がつきません」
俺はその言葉を聞いて、合点がいった。おそらく、あの地獄のループを抜けて、世界が俺の死を認めたのだろう。成長が一気に訪れ、溢れ出した魔力が肉体を侵食し、新たな形へと作り替えたのだ。
その時、ドクン、と心臓が跳ねたような衝撃と共に、右手から魔力が溢れ出した。
「ぐッ......!」
内側から、焼けるような熱と痛みが右手を襲う。魔力が暴走しているんだ。俺は左手で右の手首を強く握りしめ、歯を食いしばる。大丈夫だ。こんな痛み、死ぬことに比べればどうということはない。今となっては、十分に耐えられる範疇だ。
「恐らく、今の状態で魔法を行使した場合、その『魔鉱化』が急激に進行するかと。どうかお気をつけください」
ソフィアが心配そうな瞳で、しかし冷静に助言をくれる。 どうやら、この腕を制御できる装備が手に入るまで、魔法は使えないみたいだ。 魔法を使えば石化が進み、物理で殴れば物が壊れる。ということは、俺の攻撃手段は今、事実上存在しないことになる。困ったことになったな。
「何とかできるよう、ロンベルにいる鍛冶師や魔道具師に声を掛けてみます。レイ様、今は守護者としての任を降りて、どうか気分転換をしてください」
「気分転換、か......」
「はい。外のお祭りは、今のレイ様にとって良い薬になるはずです」
ソフィアは優しく微笑むと、部屋の扉を開けてくれた。 どうやら、戦勝のお祭りをしているようだ。
「行こう、レイ! 美味しいもの食べに行こうよ!」
ユキが俺をそそのかす。ずっと何かから逃げてきた生活をしてきた俺からすると、そのお祭りは輝かしいものだった。
「ああ。たまには思い切り楽しむか」
俺はすぐさま着替え、ユキと一緒にお祭りへと出かけた。
三章、「快刀乱麻のブレイブハート」開幕です!
今回も例に漏れず、毎日21時に更新していきます。お楽しみに!




