43話 『フォアードロード』
血の繭に、ピキピキと亀裂が走る。 中から溢れ出すのは、もはや魔力と呼ぶのも憚られるような、濃密な「覚悟」だ。
パリンッ。
乾いた音と共に繭が弾け飛び、変貌を遂げたクオカミが姿を現す。 黒かったその髪は、凝固した血のようなドス黒い赤へと変色し、肌は死人のように白い。
「世界に、叩きつける。ボクの、本当の正義を」
クオカミが、血涙を流しながら厳かに告げる。
「──────《紅月の黎明》」
空気が凍り付く。 本能が警鐘を鳴らす。これは、タゼやムラクとは次元が違う。
「──────上弦」
クオカミがそう呟いた、その瞬間だった。 予備動作も魔力の揺らぎもなく、瞬発的に生成された「血の鎌」が、俺の首へと迫っていた。
ガギィッ!!
俺は何とか魔剣でガードする。 だが、重い。魔装ヒュニエスタと身体強化で耐えているのに、骨がきしむ音がする。 明らかに今までのクオカミとは違う、圧倒的な質量。
しかも──。
「逃がさないよ」
俺の防御に弾かれた血の鎌は、運動エネルギーを殺すことなく、流れるような軌道で背後のユキへと刃向かった。 まずい。俺は体勢を崩していて動けない。 このままでは──────
「僕は大丈夫! レイ、あとは任せたよ!」
ユキが叫ぶ。 彼は手を地面にかざし、叫んだ。
「リジェクト!!」
ユキと地面との「距離」が拒絶される──いや、反発するように空間が歪む。 ドンッ!! 目に見えない斥力が発生し、ユキの身体を安全圏である後方へと弾き飛ばした。
そして、距離を取ったユキが、切り札を切る声が響く。
「じゃあ、あとは託すよ。レイ」
「君と一緒に【ユア・ウィズ・ミー】!!!!」
その詠唱と共に、俺の身体が黄金に光り出す。 あの、ルターとの戦いの時に見せた「勇者覚醒」の光。 だが、あの時とは決定的に違うことがあった。
(レイ! 聞こえてる?)
脳内に、直接ユキの声が響く。 まさか!
(そのまさかだよ。今、僕とレイは魂レベルでシンクロ状態。僕がレイを全力でサポートするから、レイはクオカミを倒すことに集中して)
視界が広がる。思考が加速する。 背後にいるユキの視界も、自分のもののように感じ取れる。 まさに、今の俺達に必要な「一心同体」の能力。それを、ユキはやってのけた。
(レイ。まずは左手に集中して。魔剣を生成するのと同じ感じで、魔力を漂わせて)
俺はユキの言ったことを信じ、空いた左手に魔力を強く流す。 そして、次にやるべきイメージが、電光のように脳裏に流れてくる。
二人で、呼ぶんだ。 俺たちの、希望を。
「サモン・オブ・リュミエール」
(サモン・オブ・リュミエール)
現実の声と、脳内の声が重なる。 まばゆい光の粒子が収束し、俺の左手には、黄金に輝く聖剣が握られていた。
右手に、漆黒の魔剣。 左手に、黄金の聖剣。
(左手は僕が支えるよ。ここからは、正真正銘二人で戦うんだ!!!)
左腕に、ユキの温かい意思が宿る。 俺は双剣を構え、宙に浮く血の魔人を見据えた。
(レイ! 右から攻撃!)
「了解!!」
脳内に響く警告と同時に、俺の身体が反応する。 右手の魔剣を一閃。迫りくる血の触手を切り払う。 同時に、死角である左側からの奇襲を、左手の聖剣が──ユキの意志が、自動的に弾き飛ばす。
ガギィッ!
2人の思考が混ざり合い、クオカミの猛攻を完璧に捌いていく。 本来なら慣れていないはずの二刀流。だが、左半身をユキがサポートしてくれているおかげで、まるで生まれた時からそうであったかのように不自由なく動けている。
対するクオカミは、時間が経つにつれてその出血量が増していく。 自らを傷つけ、血を流せば流すほど強くなる能力。 その出血量に伴い、攻撃は更に過激に、鋭利になっていく。
「──────満月」
クオカミはもう、必要最低限しか喋らない。 瞳からは理性が消え失せ、ただ敵を滅ぼす殺戮本能だけに支配されている。 彼自身が、自らの能力に飲み込まれてしまったようだ。
クオカミの背後に浮かぶ血の球体が、弾けた。
(レイ! 危ない! 全方位から来るよ!)
血で作られた無数のナイフが、雨のように降り注ぐ。 回避場所はない。 なら──突き進むだけだ!
「おおおおおおおッ!!」
俺たちは足を止めず、刃の暴風雨の中へ突っ込む。 魔剣で切り裂き、聖剣で弾く。
ザシュッ、ズドッ。
当然、全ては防ぎきれない。 鋭利な刃が俺の頬を裂き、肩を貫き、太腿を抉る。
だが。
(──────拒絶!)
ユキの即時発動。 被弾したコンマ1秒後には、黄金の光が傷を『拒絶』する。 痛みはある。衝撃も走る。 それでも、肉体は無傷のまま、俺たちは止まらない。
大事な急所だけを聖剣で防御し、肉を切らせて、距離を詰める。 まさに最強の攻防一体。
「無駄だクオカミ! 今の俺たちに、消耗戦は通じない!!」
俺は血の雨を突破し、クオカミの目の前へと躍り出た。 驚愕に目を見開くクオカミ。 その胸元には、限界まで酷使され、ひび割れた『核』のような魔力の塊が見えている。
あそこだ。 あそこを砕けば、終わる。
(レイ! いけるよ!)
「ああ! 合わせろユキ!!」
俺とユキの呼吸が重なる。 右の魔剣に漆黒の魔力を。 左の聖剣に黄金の魔力を。
相反する二つの力が螺旋を描き、一つの巨大な奔流となる。
「これで......チェックメイトだ!!」
二つの奔流が混ざり合った一撃は、クオカミのコアに直撃した。 勝った。誰もがそう確信した瞬間だった。
「──なめる、なァァァッ!!」
クオカミが血の涙を流しながら絶叫する。 奴は自らの腕を切り落とし、その大量の血液を圧縮して「盾」としたのだ。 魔剣と聖剣の合体攻撃が、数センチのところで拮抗し──そして、押し返される。
「消えろォォォッ!!」
ドォォォォンッ!!
圧縮された血液が炸裂し、カウンターの衝撃波となって俺たちを襲う。
(くっ...させないッ!)
ユキの悲痛な声。 俺の左手が勝手に動き、聖剣を盾にして衝撃を受け止める。 だが、その威力は桁違いだった。 俺の体は吹き飛ばされ、地面を何度も転がる。
(レイ。ごめん......今の防御で、僕の魔力が限界を迎えちゃった)
脳内の声が遠くなる。 俺の体を包んでいた黄金の光が、ふっと消え失せた。
(後は......レイに賭けるよ!)
ユキの意識が途切れる気配。 気絶したのか、魔力切れによるスリープか。 いずれにせよ、ここからは一人だ。
「はぁ......はぁ......」
俺は魔剣を杖にして、ふらつきながら立ち上がる。 目の前には、ボロボロになりながらも覚悟を滾らせるクオカミ。
ここまで来て、まだ届かないのか......! 51回やり直して、二人で挑んで、それでも倒せないのか。
そんな無力感に苛まれる。足がすくむ。 しかし。 ユキは、こんな状況でも俺に賭けてくれた。 最後の魔力を振り絞って、俺を守ってくれた。
その信頼を。裏切るわけにはいかない。 俺達が、傷つきながらも掴み取った、この一縷のチャンスを、無駄にしてはいけない。
その時。 頭の中で──誰かの声が響いた。
俺は知っていたかのように、その技の準備を始める。その、圧倒的な”力”を放つ準備を。
俺は、魔剣を天にかざす。残った全ての魔力を、生命力さえも、一点に込める。 漆黒だった魔剣の刀身が、熱を帯び、変色していく。それは幾度となく見た、魔剣を生成するときの、澄み渡る蒼。
言葉が、自然と口をついて出る。
「第二節《【前編】フォアード=ロード》」
カッッ!!
魔剣が青く輝き、莫大な光を纏う。それは闇を切り裂く道標。 未来へと続く、希望の一閃。
俺は、その剣をクオカミへと突き出した。
「はああああああぁぁぁぁぁぁああああッッ!!」
切っ先から、一筋の蒼い光線が放たれた。それは血の盾も、クオカミの再生能力も、全てを貫通する概念的な一撃。
俺たち二人の、これからの道を開闢するような、そんな光がクオカミの身体を貫いた──────。




