40話 『勇者の定義』
俺が崩れ落ちるその瞬間。 途切れかけた意識が、強烈な光に引っ張られた。
これは...シンクロ? タゼの能力じゃない。もっと温かくて、懐かしい感覚。 多分、勇者の力が共鳴しているんだ。
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気が付くと、そこはセピア色の世界だった。 目の前には、小さな男の子がうずくまっている。 ...幼い頃の、ユキだ。
懐かしい。俺たちが会ったのは、戦火を逃れた避難民が集まる集落だった。 お互いに親を戦争で失い、命からがら逃げてきた吹き溜まり。 ここが、俺たちの原点だ。
◇◇◇◇◇
目の前に、レイがいた。 まだ少年兵として徴用される前の、少しだけ幼い顔をしたレイ。
僕は、レイに会って久しぶりに誰かと「会話」をしたんだ。 お母さんが目の前で死んで、辛くて、怖くて。 でも、死にたくないという一心で逃げてきた。
『...お前も、一人か?』
レイが、その僕の辛い気持ちを受け止めてくれた。 その頃から、レイは何もかも一人で抱え込んでいて、僕はそんな彼に甘えて、迷惑ばっかりかけていたな。
◇◇◇◇◇
俺はユキと会って、初めて「守る側」に立った。 それまでは、いつも誰かに守られてばかりだったから。
最初は、ただの義務感だった。自分と同じ境遇の子供を放っておけなかっただけ。 でも、いつしかユキを助けることは俺の生きがいになって、一緒に居ることが目的になった。
そんな時だったか。俺が少年兵として目を付けられたのは。 身寄りがない、使いやすい駒として。
俺は戦争が始まる前、祖父の葬式でいっぱい泣いたことがある。 その時、俺は子供らしくない悩みを持った。「人はなんで生まれて、死ぬのか」って。 周りの子供が公園で遊んでいる中、哲学めいたことを考える日々。 無駄に大人びてしまった思考。
『君、いい目をしているね』
そんな扱いやすい「賢い子供」。人手が不足している軍からすれば、格好の消耗品だったろうな。
◇◇◇◇◇
レイはいつも笑顔を作ってた。僕と一緒の時は。 でも、その笑顔の裏で、彼が傷ついていることを僕は知っていた。
僕はレイのために力になりたくて、空回りして、いつも失敗ばかり。 その尻拭いは全部レイがしてくれて...自分の無力さが嫌いだった。
それでも、レイは一緒に居ようとしてくれたんだ。
そんなレイが、初めて作った笑顔を崩した時があった。 ある夜、血相を変えて僕のテントに来たんだ。
『逃げるぞ、ユキ。こんな所、人間がいる場所じゃない』
何があったのかは分からない。 でも、従軍してボロボロになっていくレイを見なくて済むことが、僕はすごく嬉しかったのを覚えている。
◇◇◇◇◇
俺は少年兵として、文字通り死ぬ気で従軍した。 それが背後の人たち──ユキや、集落の民を守るためだと信じ込まされて。
でも。俺はある日、見てしまった。 俺たちが命がけで守っているはずの将校連中が、避難集落の女子供を夜な夜な慰み者にしているのを。
『...吐き気がする』
俺は、そんな奴らに仕える気はない。 あんな奴らにならないように。あんな奴らのために命を使わないように。 だから、ユキを連れて脱走したんだ。
◇◇◇◇◇
重なる。 記憶が、感情が、魂が。
僕と────── 俺と──────
俺が────── 僕が──────
◇◇◇◇◇
僕は、ずっとレイが助けてくれるのを期待していたんだ。 心のどこかで甘えていた。 「レイなら何とかしてくれる」って。
だから、今だってこうやって塞ぎ込んで、彼を一人で戦わせてしまった。
でも、今のレイを見てよ。 ボロボロで、泣きそうな顔をして、それでも僕を守ろうとしてくれている。 レイは今、困ってるんだ。助けを求めてるんだ。
僕は、今まで罪悪感と、無力感でいっぱいだった。でも、同じくらいレイも悩んでいたんだ。
それを、否定しちゃいけない。否定しちゃ、いけないんだ。
じゃあ。助けないと。 今までレイがしてくれていたように。
レイが僕の英雄なら。
『僕は、レイの勇者になるんだ』
世界の勇者なんて、そんな重い称号、まだ僕には背負えない。 世界中の人を救うなんて、僕には分からない。
でも、レイ一人を救う「レイの勇者」になら。 なれる気がする。 だって、こうやって心が繋がっているんだから。
待ってて。 今、助けに行くよ。レイ。
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「...もう、自分を傷つけないで、レイ」
「...え?」
気が付いた時には、俺の魔剣──ユキの心臓を貫こうとして震えていたその手を、温かい手が包み込んでいた。
顔を上げると、そこにはユキがいた。 虚ろだった瞳には、確かな光が宿っている。
「ユキ...なんで...意識が...」
「全部、見たよ。レイの50回の絶望も、僕たちが出会った日のことも」
「離せッ! 俺は、もう一回やり直さないと! ユキを、みんなを助けるために...ッ!」
俺は必死に腕を引く。だが、ユキの力は驚くほど強かった。
「一人じゃ無理だよ。50回やってダメだったんでしょ?」
「だ、から! 次こそは...!」
「ううん。次もダメだ。レイ一人ならね」
そんな俺をなだめるような口調で、ユキは優しく、しかし力強く告げる。
「じゃあ。僕も一緒に飛ぶよ。そのループ」
「...は?」
思考が停止する。一緒に飛ぶ? どうやって?
「手を、出して?」
言われるがまま、魔剣を消して手を差し出す。 ユキは俺の手を両手で包み込んだ。 その隙間から、眩いばかりの黄金の粒子が溢れ出す。
「僕の『勇者の力』に、僕の今の記憶を封じ込めたんだ。次のループが始まった時、これを僕に返してね」
それは、グリモ=メモリアがあるからこそできる、裏技。
「ユキ...お前...」
「僕、決めたんだ。僕は『世界の勇者』にはなれないかもしれない。でも──『レイの勇者』にはなってあげる」
ユキが、悪戯っぽくはにかむ。 その顔を見た時、摩耗しきって死にかけていた俺の心が、急速に世界に戻ってくるのを感じた。
ああ、そうだ。 俺が守りたかったのは、この笑顔だったんだ。
「...ああ。次の世界で、また会おうな」
「うん。約束だ」
ユキは何も言わず、俺に強く抱き着いてきた。
俺は再び魔剣を生成する。 切っ先を、二人の体が重なる心臓の位置へ。
いつも通りの、死へのダイブ。 ただし、その剣にこもっているのは、重苦しい絶望じゃない。
未来を掴み取るための、輝ける希望だった。
「行くぞ、ユキ!!」
「うんっ!!」
ドスッ。
──────第五十一次観測、開始。




