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百折不撓のアルゴリズム  作者: 一ノ瀬隆
2章 艱難辛苦のフォアードロード

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39話 悠久の廻廊

「ん...んんッ」



身体が痛い。左腕の感覚がない。泥のように重い意識の中で、俺はぼんやりと天井を見つめる。 もしかして、俺は死んだのか?



「意識を確かに。レイ様」



重い瞼を開けると、そこにはソフィアの姿があった。いつもの冷静な瞳だが、その奥には隠し切れない疲労と沈痛な色が浮かんでいる。



苦しかったが、何とか起き上がり、ガサガサの声でソフィアに向き合う。



「...ソフィアがいるってことは、俺は負けたんだな」



「はい。回収した時、レイ様の身体は、ほぼ死にかけていました」



あれだけの攻撃を受けたんだ。命がある方がおかしい。それより、戦局はどうなった。



「ソフィア、円卓達は...イーシアたちは、どうなった?」



ソフィアは一瞬、言葉を詰まらせた。 だが、すぐに意を決したように口を開く。



「覚悟して聞いてください。レイ様を見失った円卓の二人は、そのままイーシア様たちの元に向かい...軍を壊滅させました」



「...壊滅?」



「はい。イーシア様も、最後まで戦われましたが...」



ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。全滅。俺が、負けたばかりに。 あの時、俺がもっと上手く立ち回れていれば。俺がもっと強ければ。



悔しい気持ちをぐっとこらえ、話をしっかりと聞く。



「ロンベルの街は壊滅状態です。私たちは、一応何とか避難に成功しました。現在、安全なエデニアムの副基地に転移しています」



避難に成功したか。 つまり、ここにいる俺と、隣のベッドで眠るユキは助かった。



だが──これでは、俺の『タイムシフト』を使う条件を満たすことができない。



俺の死に戻りの力については、ソフィアとイーシアだけに告げてあった。 俺が死ねば、時間は戻る。 だが、今の状況は「ユキの生存」が確定してしまっている。 もし今、俺が単独で自殺した場合、タイムシフトが発動せず、俺だけが死ぬ結果になる。



それでは意味がない。 それに、イーシアや、エデニアムの兵士たち、ロンベルの民が死んだこの世界を、正史にするわけにはいかない。



「......」



俺の脳裏に、イーシアとの記憶がよみがえる。『生きてまた、稽古をしようぞ』 そう言って笑った彼女を、見殺しにすることはできない。



だとしたら。 俺に残された手段は、一つだけ。



『ユキを殺して、その事実ごと世界を否定し、タイムシフトを発動させる』こと。



俺が、自らの手でユキを殺す。そう思考した瞬間、指先が震えだす。 本末転倒だ。俺はユキを守るために戦っているのに。



だが、このままでは誰も救えない。完璧な勝利を掴むためには、この「負けた世界」を廃棄するしかないんだ。



俺はふらつく足でベッドを降り、ユキの元へと歩み寄る。 ユキは、何も知らずに眠っている。心なしか、その寝顔は穏やかだ。



「...ソフィア」



俺は振り返らずに問う。



「円卓に負け、あまつさえ自分の主を手にかけようとしている俺は...守護者失格だと思うか?」



甘えだとは分かっている。否定してほしいわけじゃない。 ただ、断罪して欲しかった。



ソフィアは、俺が欲しかったその言葉を察し、冷酷に、しかし慈悲を込めて告げてくれた。



「......はい。勇者様の守護者として、恥ずべき事です」



「......ありがとう」



なら、俺がやるべきことは、ただ一つ。恥も外聞も捨てて、修羅になる。



俺は眠るユキの身体を、そっと抱きしめた。温かい。生きている。ごめん。ごめんな。痛いのは一瞬だ。次は、絶対に勝たせてやるから。



「...俺は、円卓に勝つ結果が訪れるまで、何度でもお前を殺す」



世界に、告げる。俺が円卓を倒さなければ、ユキが生きられないと誇示するように。



あまりの悔しさから、目尻から血の涙が流れた。



俺は魔剣を逆手に持ち、切っ先をユキの背中に当てる。 そして、俺の心臓の位置と重ね合わせ──。



「ごめんな、ユキ」



ドスッ。



肉を貫く感触。ユキがビクンと跳ね、すぐに動かなくなる。同時に、俺の意識も急速に遠のいていく。



鮮血に染まる視界の中で、俺は祈るように次の世界を願った。



──────第三次観測、開始。



目が覚めたのは、出撃前だった。イーシアも、ソフィアも、ユキもそこにいる。作戦開始前の、あの部屋だ。



俺はもう一度、同じように出撃する。 迷いはない。やることは決まっている。


──────第四次観測、開始。


何回だって諦めずに、一つ一つ相手の動きを見切るんだ。 負けても、一つ情報を取れば次に生かせる。


──────第五次観測、開始。


ユキを手にかけるのは辛い。 手の震えを抑え込み、自ら心臓を貫く。 痛みには慣れない。だが、やっとムラクの無茶苦茶な行動パターンが読めるようになってきた。 まだいける。


──────第六次観測、開始。


やはりクオカミが厄介だ。 いくら攻撃しても、回復される上に強化される。 魔法攻撃を仕掛けたが、ムラクが身を挺して必死に守っていた。 知性が無くても、本能レベルで連携が取れているのか? クソッ。


──────第七次観測、開始。


手を変えた。イーシアと共に戦ってみた。 結果は最悪だ。 経験を積んでいないイーシアが集中的に狙われ、彼女を援護しようとした隙を突かれて崩された。 俺の目の前でイーシアがミンチにされた光景が焼き付く。 ...やはり、俺一人で戦うべきだ。誰も巻き込んではいけない。


──────第八次観測、開始。


気づいたことがある。 どうやら、事務的に死に戻りしても魔力は増えないようだ。 以前のように、死の淵で足掻いて生き残ったわけではなく、自らリセットボタンを押すような死に方では、魂は成長しないらしい。 「死んで強くなる」という安易な攻略法は潰えた。 今の俺の手札だけで、勝つしかない。


──────第九次観測、開始。


少しずつ、ユキを殺すことに何も感じなくなってきた。 作業。これは、ただの作業だ。 ...ああ。ダメだな。俺は、何を考えているんだ。


──────第十次観測、開始。


なんもなし。情報ゼロ。


──────第十一次観測、開始。


だめだった。


──────第十二次観測、開始。


ムラクを倒せた。だが、強化されすぎたクオカミに触れることすらできずに敗北。


──────第十三次観測、開始。


負けた。


──────第十四次観測、開始。

──────第十五次観測、開始。

──────第十六次観測、開始。

──────第十七次観測、開始。

──────第十八次観測、開始。

──────第十九次観測、開始。

──────第二十次観測、開始。

──────第二十一次観測、開始。

──────第二十二次観測、開始。

──────第二十三次観測、開始。

──────第二十四次観測、開始。

──────第二十五次観測、開始。



...あれ、なんで俺はこのループをしてるんだっけ。



ああ。そうだ。あの二人に勝つためだったか。 勝って、どうするんだっけ。 ユキを、守る。そうだ、ユキを守るんだ。 そのためなら、ユキを何回殺しても構わない。 ...あれ? 矛盾してないか? まあいい。次だ。



──────第二十六次観測、開始。

──────第二十七次観測、開始。

──────第二十八次観測、開始。

──────第二十九次観測、開始。

──────第三十次観測、開始。

──────第三十一次観測、開始。

──────第三十二次観測、開始。

──────第三十三次観測、開始。




◇◇◇◇◇




──────第五十次観測、開始。



どうしても、二人同時に倒すことができない。あらゆるパターンを試した。魔法のタイミング、剣撃の角度、地形利用、イーシアの囮運用、敵同士討ち狙い。その全てが失敗に終わった。



思考力が、もうない。 脳が焼き切れるような感覚。



そして、また俺は致命的な一撃をもらう。 ムラクの拳で、下半身が消し飛ぶ感覚。



「.....やさしくやってくれよ」



ブラックアウト。



...ハッ。



起きる。そこは、薄暗い地下通路の隠し部屋。 目の前には、悲痛な顔をしたソフィアがいる。



「意識を確かに、レイ様」



ああ、またここか。 俺は負けたんだ。ロンベルは滅び、イーシアは死んだ。この世界は失敗だ。だから、リセットしなければならない。



俺は無言でベッドを降り、隣で眠るユキの元へ向かう。 ユキを殺す。 ころ、す。 殺して、俺も死んで、またあの戦場へ戻る。



魔剣を生成する。 切っ先を、ユキの心臓に向ける。



「......」



手が、止まった。



怖いわけじゃない。悲しいわけでもない。 ただ。



もう。疲れた。



あと何回やればいい? 100回? 1000回? この地獄に終わりはあるのか? 俺がやっていることは、本当に正しいのか?



俺は、ユキを殺すことを──躊躇ってしまった。 切っ先が震え、どうしても突き刺すことができない。



「...ごめん、ユキ。俺は...」



俺は膝から崩れ落ちるように、ユキの胸に顔を埋めた。もう、剣を握る力さえ残っていなかった。

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