37話 次の一手
それから、1か月が経っただろうか。俺は、心を閉ざしたままのユキを気にかけながら、特訓を続ける毎日を過ごしていた。
いくら『チャージング=ストレングス』で身体能力を強化できるとはいえ、ベースとなる肉体を鍛えることを怠ってはいけない。基礎スペックの向上が、生存率をコンマ1秒でも伸ばすからだ。
ユキは相変わらず、自分の殻にこもったまま、ベッドの上で時を過ごしている。でも、俺は諦めない。いつかまた、あの瞳に光が宿ると信じている。そのためにも、俺は強くならなきゃいけないんだ。
中庭に出ると、イーシアが待っていた。 彼女とはこの1ヶ月、何回か実戦形式の模擬戦を交わしている。
「毎回、特訓に付き合ってもらって悪いな。レイ殿」
「ああ。俺もいい練習になる。ありがとう、イーシア」
イーシアの戦い方は特徴的で面白い。 右手で操る剛剣『ライクシア』と、左手で操る速剣『レフクシア』の二刀流。そして、その二本の剣は、柄頭をドッキングさせることができる。それこそが、融合剣『ユニクシア』だ。
ユニクシアを振るう時、彼女はまるで舞を踊るように回転し、遠心力を乗せた連撃を繰り出す。その洗練された動きは、非常に攻めにくいものだった。
今日も一通りの手合わせを終え、汗を拭いながらユキの元へ行こうとした、その時だった。
「報告です!!」
エデニアムの参謀が、血相を変えて駆け込んできた。
「円卓の軍勢が、南から近づいてきているとの情報が入ってきました!」
遂に、この時が来たか。俺は虚空から魔剣を生成し、その黒い剣身を見つめる。もう二度と、あのようなすれ違いを起させない。そう決意するために、俺は柄を強く握りしめた。
その後すぐ、エデニアム本部にて緊急作戦会議が開かれた。 俺、ソフィア、イーシア、そしてエデニアムの各部隊長が円卓を囲む。
「敵の総数、約1000。魔導兵器で武装した兵士がその大半を占めています」
地図の上に赤い駒が置かれる。ロンベルを包囲するような陣形だ。
「幹部は、2名。発見した我が斥候からの情報では──第十席『クオカミ=パッロン』と、第十一席『ダーシ=ムラク』であるそうです」
会議室に緊張が走る。あれだけ強かった円卓の幹部が、二人同時に来るのか。タゼ=ウータの時は搦め手だったが、今回は真正面からの暴力。一筋縄ではいかないだろう。
だが、想定内だ。出来る対策は、全部尽くしてやる。
「まずは、非戦闘員の避難。そしてユキを安全な場所へ」
音韻魔導塔の地下深く、かつて使用されていた隠し通路の一角を「秘密作戦室」として制定した。 そこにユキとソフィア、数名のエデニアム精鋭兵を護衛として配置する。地上への影響が届かない絶対安全圏だ。
「円卓の兵士を、イーシア率いる主力軍で迎え撃ってほしい」
俺は地図上の敵本隊を指さす。
「作戦はこうだ。俺が単独で先行し、円卓第十席と第十一席を引き付ける。そしてできるだけ時間稼ぎを行う。その間、エデニアムの総力をもって、1000の兵士を叩き潰してくれ」
円卓の能力は未知数だ。下手に軍で当たれば、タゼの時のように大量虐殺される可能性がある。それなら、死んでもやり直せる可能性がある俺が出た方が、犠牲は少なく済む。
「……危険な役回りだな。だが、奴らの能力が分からぬ以上、それが最善か」
イーシアは少し渋ったが、俺の目を見て覚悟を感じ取ったのか、頷いてくれた。
「了解した。無理はするなよ、レイ殿」
「ああ」
後は、全力を尽くすだけか。そう考えて席を立とうとした時、ソフィアが俺を呼び止めた。
「レイ様。……出撃の前に、私の魔法を掛けさせてください。それが最後の保険となるはずです」
ソフィアの瞳は真剣そのものだ。エデニアムの代理隊長であり、魔導ギルドのトップ。彼女の提案なら信頼していいだろう。
「わかった。どんな魔法なんだ?」
「条件付きの転移魔法です。レイ様の生体反応が著しく低下した時、つまり本当の窮地に陥った時──私が自己判断で、強制的にあの秘密作戦室へ転移させることができます」
なるほど。もし俺が動けなくなっても、身体ごと回収してくれるわけか。
「ありがとう。これで背後の憂いもなくなった」
俺はソフィアに一礼し、出撃の準備へと向かう。 手渡されたのは、この決戦のために魔導ギルドが総力を挙げて用意してくれた、新たな戦闘衣だ。
『魔装ヒュニエスタ』。
対斬撃、対魔法攻撃に強いとされる『魔鉱石』を紡績して作られる最高級の布──魔布を使用した、この世界でも最高クラスの防具だ。
袖を通すと、見た目の重厚さに反して驚くほど軽く、魔力が全身に馴染むのが分かる。
デザインは俺の要望を取り入れてもらい、動きやすい軍服と、魔導師のローブをミックスしたような独特なシルエットになっている。 襟はきちっとしており、首元までしっかりとガード。腰には金色のベルトが巻かれ、全体をスタイリッシュに引き締めている。
ベースとなる色味は、夜闇のような漆黒。 だが、ところどころにちりばめられた赤色のアクセントが、まるで動脈を走る血のように、鋭い印象を与えていた。
鏡に映る自分を見る。 黒と赤。それは、勇者の横に立つ「影」としての俺に、あつらえたように似合っていた。
「...悪くない」
襟を正し、俺は部屋を出る。 装備は最強。仲間も万全。あとは、俺が役割を全うするだけだ。




