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百折不撓のアルゴリズム  作者: 一ノ瀬隆
2章 艱難辛苦のフォアードロード

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34話 『墜ちた星』

「な、なんで......!??!? なんで貴方は、私の世界から平然と出てこられるの!???」



タゼ=ウータが、発狂にも似た金切り声を上げる。彼女の自慢の「死の回廊」。常人なら一瞬で廃人になる精神攻撃。だが、そんなものは俺にとって、見飽きた日常の劣化にすぎない。



「......くだらない幻覚だ」



俺は魔剣をだらりと下げ、冷めきった瞳で彼女を見下ろす。



「ケモノかよ。黙ってろ」



俺の放つ殺気に、タゼがヒッと息を呑んで後ずさる。慈悲はない。ここで確実に処理する。俺は、あの灰色の世界で幾度となく行ってきたように、その命を刈り取るべく一歩を踏み出した。



だが。



「......みつけた」



タゼの視線が、不自然にズレた。俺を見ているのではない。俺の背後──その向こうにある「何か」を見て、歪んだ笑みを浮かべたのだ。



背後?まさか。



嫌な汗が背中を伝う。俺は恐る恐る、後ろを振り返った。木々の陰。月明かりの下に、その影はあった。



「あ、レイ......」



ユキが、いた。息を切らし、心配そうに俺を見つめている。



「な......」



なんで? 何でここにいる?俺は一人で出てきたはずだ。冷静だった思考回路が、ショートしたように働かなくなる。

いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。ここは戦場だ。あいつは危険だ!クソっ! それなら、一秒でも早くタゼを仕留めなけば!



俺が向き直り、地面を蹴ろうとした瞬間。 タゼの言葉が、俺の足を縫い止めた。



「貴方、”死んだことある”わね?」



ぎょろっと、タゼの瞳が俺を覗き込む。その目は、獲物を見つけた喜悦と、底知れぬ狂気に満ち溢れていて──俺の判断を一瞬、致命的に遅らせた。



「すごい......! こんなに濃密な『死』を抱えているなんて! 貴方、死の愛好家ね!?」



「黙れッ!!」



「じゃあ。もっと面白いもの、見せてあげる。あなたのその素晴らしい『記憶』──あの子にも分けてあげましょうよ」



タゼが両手を広げる。俺とユキの間に、ドス黒い靄のようなパスが繋がった。



「メメント・シンクロニシティ」



「──ッ!?」



俺の頭の中に、ノイズが走る。 違う、これは俺のじゃない。ユキの感情だ。



『怖い』



『レイに置いて行かれたくない』



『僕は弱い』



『勇者だなんて、そんなの僕に務まらない』



『ごめんなさい、ごめんなさい』



ユキの記憶が、感情が、俺の中に流れ込んでくる。 ということは──逆もまた、然り。



俺の「記憶」が。 俺が必死に隠し通してきた、あの「3年間」と、ルターとの激戦で積み重なった「12回」の記憶が、ユキへと流れていく。



「やめろ......」



首を斬り落とされる痛み。圧倒されて殴殺される感覚。何度も何度も、ユキを守るために死んで、死んで、死んで、死んで繰り返した絶望のループ。



その全ての「死」の原因が、自分であるという真実と共に。その全てを、ユキが「体験」している。



「やめろおおおぉぉぉおおッ!!!!」



俺は絶叫し、魔剣を振るった。漆黒の刃が閃き、タゼの首を刎ね飛ばす。



ドサッ。



鮮血が噴水のように舞い上がり、俺の身体を真っ赤に染め上げる。タゼは一撃で死んだ。確実に。能力も解除されたはずだ。



だが、遅かった。シンクロは、完了してしまっていた。



返り血を浴び、赤く染まった俺の目の前で。ユキは、焦点の合わない目で虚空を見つめ、ガチガチと歯を鳴らしている。



見てしまったのだ。自分が生きているこの時間が、レイの何回もの「死」の上に成り立っているという真実を。自分の存在そのものが、レイを殺し続けているという事実を。



自分が、のうのうと笑っている裏で、レイがどんな地獄を味わっていたのかを。



「あ.....あ、あ......」



ユキの喉から、空気が漏れるような音がする。許容量を超えた罪悪感が、少年の心を内側から破壊していく。



「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!!」



それは、人間の心が砕け散る音だった。森に響き渡る絶叫。ユキは頭を抱え、自分の顔を爪で掻きむしりながら、その場に崩れ落ちた。



その目からは光が失われ、生気を感じられない。



俺は、血塗れの魔剣を持ったまま、ただ立ち尽くすことしかできなかった。



敵は倒した。ユキの命も無事だ。だが──。



「ユキは、生きている。じゃあ、タイムシフトを...使えないじゃないか」



その無力感と絶望が、俺の精神を貫いた。ユキが生きている限り、時間は戻らない。つまり、この「心が死んでしまったユキ」がいる世界が、これからの正史になってしまう。



今ユキを殺して、俺も死ねば──────



なんて思考がよぎったが、そんなこと、できるわけが無かった。



俺は、勝利を代償に、守るべきものを失った。俺の、せいで。

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