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百折不撓のアルゴリズム  作者: 一ノ瀬隆
2章 艱難辛苦のフォアードロード

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33話 死の恐怖

城を出た俺は、グリモ=メモリアの知識を展開し、身体強化魔法を起動する。



「チャージング=ストレングス」



脚部に魔力が集中し、筋肉がバネのように収縮する感覚。 痛みはない。あるのは、肉体が兵器へと切り替わる冷たい充足感だけだ。 なるべく早く、敵を捕捉し、処理する。今の俺の頭には、それしかない。



幸い、街から目的地である『龍の髭』までは、強化された俺の足なら1時間とかからない。 俺は風を切る弾丸となって、夜明け前の街道を疾走した。



森へと入りこむ頃には、日は高く昇り始めていた。 『龍の髭』と呼ばれるこの原生林は、意外にも明るい。鬱蒼とした木々の隙間から木漏れ日が差し込み、神聖な空気すら漂っている。



だが、俺の鼻は誤魔化せない。 この清浄な空気の裏に、べっとりと張り付くような甘い腐臭──「死の気配」が混じっているのを。 それはまるで、美しい花畑の下に大量の死体が埋まっているような、強烈な違和感だった。



「......どこだ」



俺は目を凝らし、感覚を研ぎ澄ませて森の奥へと進む。 鳥の声もしない。虫の音もしない。 静寂。生物としての生存本能が、この森を忌避している証拠だ。



こういうのは根比べだ。焦りは禁物だが、時間は有限。 適度に集中し、敵を探索する。



そうして気を張らせて探すこと、数時間。 日は傾き、森の中は急速に闇に包まれ始めていた。 視界が悪くなる。木々の影が、不気味な怪物の手のように伸び、俺の足元を掴もうとする。



そんな時だった。



「貴方、他の子と違う匂いがする」



声は、耳元でした。 俺の索敵範囲をすり抜け、いきなり背後に──!?



心臓が跳ねるよりも早く、身体が動く。 俺は反射的に前転して距離を取り、魔剣を構えて振り返る。



「よう。お前が円卓の刺客か?」



威勢を張って、相手の出方を見る。 そこに立っていたのは、豪奢な喪服のようなドレスを着た、華奢な女だった。 身長は俺よりも高い。 だが、生き物としての存在感が希薄だ。 ただ一つ確かなのは──彼女の周りだけ、世界の色が落ちたように空気が淀んでいるということだ。



「やっぱり変。普通の子は、私を見ただけで壊れちゃうのに。......じゃあ自己紹介しないとね」



女はスカートの裾をつまみ、優雅に礼をした。 その所作は洗練されているが、関節の動きがどこか人間離れしている。



「私は円卓第六席、タゼ=ウータ。よろしくね」



そう告げる口ぶりからは、一切の生気を感じない。 まるで精巧に作られた死体人形が、録音された音声を流しているようだ。 こいつ、根本的に何かが壊れてるな。



「貴方にも、死の救済をあげる。とびっきりのものを、ね」



タゼが、細い指を俺に向ける。 その瞬間、脳漿を直接かき回されるような不快感。 防御魔法を展開する隙もない。これは物理現象じゃない、精神干渉だ!



「メメント・フィロソフィア」



タゼの言葉がトリガーとなり、俺は強制的に精神世界へと引きずりこまれた。



──ガクンッ。



地面が消える。 重力が反転する。 視界が極彩色に歪み、溶け落ちる。



「......あ?」



ここは、どこだ。



痛い。 皮膚をやすりで削ぎ落とされるような感覚。



苦しい。 肺の中に熱泥を注ぎ込まれたような窒息感。



辛い。悲しい。寂しい。



引き裂かれる。体が。 飛び散る。脳漿が。



これは「死」だ。 人間が本能的に忌避する、死の苦痛そのものを脳に流し込まれている。 恐怖。絶望。虚無。 普通の人間なら、この瞬間に精神が崩壊し、廃人になるだろう。



自分が自分じゃないみたいだ。



でも、



──────あの、誰かを守れずに死んだ瞬間



そんなの、



──────取り戻す為に、自分で自分を貫いたあの瞬間



何回だって、



──────一歩届かず、無念にも死んだ瞬間



味わってる。



──────そのどれよりも、この”偽物の死”は、薄っぺらい。



精神世界で殺されるたびに、体が元に戻る感覚。 斬首の痛み。焼死の熱さ。圧死の苦しみ。 それらは全て、本物よりも劣っている。



タゼの見せる地獄は、所詮は「作り物」だ。 俺が歩んできた「本物の地獄」に比べれば、あまりにも温すぎる。



それなら、



「......もう、慣れた」



俺がそう呟いた瞬間。 極彩色の世界に、ピキピキと亀裂が走る。



俺の「死の記憶」という圧倒的な質量が、タゼの作った華奢な箱庭を内側から食い破る。



パリンッ。



ガラスが割れるような軽い音と共に、タゼ=ウータの心象世界はあっけなく崩れ去った。



現実へと戻った俺は、冷ややかな瞳で、驚愕に固まる人形を見下ろした。

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