29話 次の旅路
重厚な扉を背に、俺は聖剣の間を出た。 そこには、ソフィアと、壁に寄りかかってうつむいているユキの姿があった。
「レイ様。聖剣様との謁見、お疲れ様でした」
ソフィアが静かに頭を下げる。 俺は軽く頷き、すぐにユキの方へと歩み寄った。
「ユキ」
名前を呼ぶと、ユキの肩がビクりと跳ねた。 ゆっくりと顔を上げたその表情は、やはり優れない。無理に作った笑顔が、痛々しく張り付いている。
「あ......おかえり、レイ」
「......ああ」
ここまで来たら、俺でもわかる。 ユキは今、勇者という重圧に押しつぶされそうになっているんだ。 いきなり世界を救えと言われ、聖剣から厳しい言葉を投げかけられたのかもしれない。
だが、心配はいらない。 そのために俺がいるんだ。
俺はユキの震える手を、そっと両手で包み込んだ。
「ユキ、大丈夫だ。不安になることはない」
俺は、一番安心させられる言葉を選んで、力強く告げる。
「俺がユキの分まで、全部背負ってやるから」
その瞬間だった。 ユキの顔が、恐怖に引きつったように歪んだのは。
「ッ......!」
ユキはバッと俺の手を振り払った。 空を切った自分の手が、ひどく冷たく感じる。
「ゆ、き......?」
「あ、ご、ごめん......レイ。違うんだ、その......」
ユキは青ざめた顔で後ずさり、何かを堪えるように唇を噛みしめた。そして、泣きそうな声で言葉を絞り出す。
「ありがとう......レイ。僕は、ちょっと疲れたから、先に宿に戻ってるね。じゃあ」
それだけ言い残すと、ユキは逃げるように──いや、俺から隠れるように、早足で回廊を走り去ってしまった。
「おい、待てよユキ!」
追いかけようとする俺の前に、ソフィアが静かに立ちはだかった。
「レイ様。今は、そっとしておいてあげてください」
「どういうことだ。あいつ、何を聞かされたんだ?」
「......それは、ユキ様ご自身が乗り越えなければならない壁です」
ソフィアは悲しげに目を伏せるが、その口は堅く閉ざされている。 くそッ、歯がゆい。だが、無理に追いかけても逆効果かもしれない。俺は拳を握りしめ、溢れそうになる焦燥感を飲み込んだ。
「......わかった。それで、なんか言いたげな顔をしているけど、何か不測の事態が?」
話題を変えると、ソフィアは凛とした表情に戻り、頷いた。
「はい。北の軍事国家ヴァイドヘイム。そこへ向かっている、円卓の姿が斥候によって発見されました」
「円卓か。......なら、急いだほうがよさそうだな」
ユキを守るためにも、脅威は排除しなければならない。 それに、環境を変えればユキの気分も晴れるかもしれない。
「ヴァイドヘイムへは、この塔の転移陣を使えば一瞬です。ただ、あちらの『姫』は少々おてんばが過ぎるところがありますが」
「姫?」
「行けばわかります。準備ができ次第、出発しましょう」
ソフィアの言葉に、俺は頷く。 宿に戻ったら、ユキをちゃんと気にかけよう。俺は、ユキを守り続けるんだ。それだけが、俺が今できる精一杯なんだから。
そう、楽観的に考えていた。 まさか、その「優しさ」こそが、ユキを追い詰めているとも知らずに。




