28話 過去との邂逅
「……ッ!? な、なんで……!?」
喉から、ひきつった声が漏れる。ありえない。だって、あの人はあの村にいるはずだ。俺が過ごした、あの”あったはずの3年間”の中で。
しかし、目の前の幻影──老人は、記憶の中と同じように穏やかに微笑んだ。
「驚くのも無理はない。じゃが、おぬしが知っておる『儂』と、今のここにいる『私』は、厳密には違う存在じゃよ」
老人の姿をした光が、ゆらりと揺らめく。
「実際、今の私はおぬしに会ったことはない。しかし、私は世界中に己の『因子』を放っておったのじゃ」
「因子……?」
「そう。迷える者、あるいは運命を変えうる可能性を持つ者を導くための分身。……レイ、君をここまで導くためにな」
老人は、俺の動揺を見透かすように目を細める。
「そして君は、儂を見て酷く驚いた。それこそが、私の導きが時を超えて君に届いていたという、何よりの証明じゃよ」
その言葉を聞いて、鳥肌が立った。あの出会いは偶然じゃなかった。俺が森で行き倒れ、あの老人に救われ、歴史を学んだこと。その全てが、この聖剣によって仕組まれた──いや、用意された道筋だったというのか。
「もう、変装はよいじゃろ」
老人はそう呟くと、光の粒子となって霧散した。光は祭壇の上の剣へと吸い込まれ、再び神聖な輝きを取り戻す。
そして、剣そのものから、脳に直接響くような厳かな声が聞こえた。
『改めて自己紹介と行こうか。私は、先代勇者の残滓であり、今は聖剣となった者だ』
先代勇者の、残滓……。ただの道具ではない。かつて世界を救おうとした誰かの意志が、この剣には宿っている。
俺は混乱する頭を必死に整理しようとするが、情報はあまりに重すぎる。そんな俺の様子を見透かすように、聖剣は言葉を続けた。
『キミのことは、知っていたよ。レイ』
『世界が、私に記していたんだ。キミの”記録”を』
「俺の、記録……?」
『理屈はまだ分からない。しかし、”因果”だけが送られてきたんだ』
聖剣の声には、咎めるような響きはなく、むしろ深い慈愛と、ほんの少しの悲しみが混じっているように聞こえた。
『私はいつからか認識していた。キミが血を流し、心をすり減らしながら、それでもユキという勇者を守ろうとする姿を。……その魂の輝きは、かつての勇者にも劣らぬものだ』
「……買い被りだよ。俺はただ、あいつと一緒にいたいだけだ」
俺は視線を落とす。英雄なんて大層なものじゃない。俺はただ必死になって、できることを探していただけだ。
『動機など、些末なことだ。結果としてキミはここにいる』
聖剣の光が、優しく明滅する。
『私が君にやってほしいこと。それは、勇者を導くこと』
『彼、ユキはこの世界を救う為に、この世界に”呼ばれた”んだ。しかし、まだ器ではない。その成長を、見守ってほしい』
そして、雰囲気が変わった。ここまで話していたことが、すべて前座だと言わんばかりの緊張感が走る。
『君に一つ、忠告しておこう。その死に戻りの力、”タイムシフト”の制限についてだ』
『勇者ユキが死亡したときのみ、君は死に戻りができる条件を達成する。世界との距離が、ユキがいないことによって離れるのだ』
世界との、距離か。ユキが楔となって、俺をこの世界に留まらせている。ということらしいな。
『ユキが死亡してから君が死ぬ。または、君が死んでから、1日間ユキが死亡しないと、本当に死亡してしまう。それに気を付けてくれ』
そう告げていく中、聖剣の発する光が急速に弱まっていく。役目を終え、深い眠りにつくかのように。
『そろそろか。ここからは、私も観測できていない。未知の領域だ』
『君自身が、道を切り開くのだ。……この世界を、頼んだぞ』
そう言い残し、聖剣は完全に光を失った。 部屋にはただ、静寂と冷たい剣だけが残された。
思う所はある。タイムシフトの条件、この世界に来た意味。それでも、やることは変わらない。
俺は沈黙の後、きびすを返す。背中で語るように、俺の”意志”を叩きつけた。
「俺は、世界のために剣を振る覚悟はない。だが、世界がユキを拒むなら──俺は世界だって壊す。それだけだ」
そう言い残し、俺は聖剣の間を後にした。




