27話 勇者の剣
私は、勇者様に仕える一族、アーゼリア家の末裔ソフィア=アーゼリアでございます」
ソフィアと名乗る人物は、胸に手を当て、優雅に礼をした。 所作から滲み出る知性、そして鈴を転がすような柔らかい口調。 ……殺気も、敵意もない。少なくとも、今ここで剣を抜く相手ではないだろう。
「わたくしは、聖剣からのお告げを受け、勇者ユキ様の凱旋を待っておりました」
その後、ソフィアは俺にも気を遣うように、軽く会釈をする。 俺が「勇者ではない」と知った上での、丁寧な対応だ。
「や、やっぱり、僕は勇者なんだね……」
ユキが縮こまりながら、ソフィアの顔色を窺っていた。 自分が「普通」ではなくなってしまうことへの恐怖。それが痛いほど伝わってくる。 俺はユキの肩を抱き寄せ、ソフィアを睨まない程度に見据えた。
「本当にユキが勇者なんですか?」
「それも含め、聖剣が直接お話をしたいと申しております。──どうぞ、『聖剣の間』へ」
ソフィアが塔の入り口を指し示す。 巨大な扉が、重厚な音を立ててひとりでに開いた。 その奥から漂ってくるのは、肌が粟立つほどの濃密な魔力の気配。
俺たちはソフィアに導かれるまま、世界の真実が眠る場所へと足を進めた。
◇◇◇◇◇
聖剣の間へ続く回廊を歩いている途中、ソフィアに呼び止められた。
「申し訳ありません。ここからは、聖剣様がユキ様と一対一で話したいとおっしゃっています。レイ様は一度ここでお待ちください」
「......一人で、か?」
俺は眉を寄せる。 ソフィアに敵意はないが、ユキを視界の外に出すのは本能的に抵抗がある。 だが、ユキ自身が「行ってくるよ、レイ」と、少し強張った笑顔で俺の手を離した。
「わかった。ユキを頼む」
「はい。命に代えても」
重厚な扉が閉まり、俺は廊下に一人残された。
壁に背を預け、無言の時間を過ごす。 10分、20分......。 中の様子は全く分からない。防音の結界でも張られているのか、物音一つしない静寂が、俺の焦りを加速させる。
そして30分ほど待った頃。 重い音と共に扉が開き、ユキが出てきた。
「ユキ!」
俺はすぐに駆け寄るが──足が止まる。 ユキの表情が、酷く暗かったからだ。 恐怖とも、悲しみともつかない。何か、重い鉛を飲み込んだような"浮かない顔"。
「ユキ? 何を言われた?」
「......ううん、なんでもないよ。......僕、疲れてるだけかも」
ユキは俺と目を合わせようとせず、力なく笑った。 その様子に問い詰めようとした時、ソフィアが俺の方を向いた。
「次はレイ様。あなたをお呼びです」
俺はユキのことが気がかりだったが、その原因を知るためにも行くしかない。 聖剣様とやらと、やっとご対面か。
重厚な最後の扉が、音もなく開かれた。 部屋の中央。祭壇の上に、一振りの剣が鎮座している。
それは鋼鉄の剣ではなかった。 純粋な光を束ね、結晶化させたような──見る者に無条件の「希望」を感じさせる、神聖な輝き。 間違いなく、これが伝説の聖剣だ。
俺が息を呑んで見つめていると、剣から溢れる光が揺らぎ始めた。 光の粒子が空中で集束し、人の形を成していく。
そして、幻影のように浮かび上がったその姿に、俺の心臓は早鐘を打った。
白髪の混じった髪。背筋の伸びた、威厳ある立ち姿。 逃げた俺を助け、食事を提供してくれたあの老人。
この世界の仕組みが知りたい──────そう聞いた過去が鮮明に思い出される。
「……ッ!? な、なんで……!?」
喉から、ひきつった声が漏れる。 ありえない。だって、あの村にいるはずじゃ?
あの”あったはずの3年間”。 その中であった初めての人物。
確かに違和感はあった。この世界について知りすぎていたからだ。
その人が今、慈愛に満ちた目で俺を見ていた。
「どうやら、会うのは初めてじゃないようじゃな」




