朝
「パドマ!」
耳元で子供の大きな声で起こされた。
ハッと起き上がると声の主がいた。まだ10に満たない少年は涙目になりながらも意志の強い目でこちらを見てる。私の弟だ。
「どうしよう…!ミームが逃げちゃった!!」
「うそ!またなの!?」
私はすぐにベットから起き上がり、ぐちゃぐちゃの髪の毛を結び、古くさいデザインのワンピースとエプロンに着替えた。
ミームは私の家で飼っている仔馬だ。まだ若い牝だから好奇心が強くよく柵を壊して脱走する。
「ラビ!どの辺りに行ったのか検討つく?」
「たぶん裏山の方かも!」
「ありがとう!絶対連れ戻すから!」
私は勢い良く外に出た。朝日が出て眩しい。思わず目を瞑ってしまった。
「パドマ!マント忘れてる!」
ラビがフード付きのマントを渡してくれた。
「また村の人に睨まれちゃうよ。気をつけないと」
「ごめんごめん!忘れてた。ありがとう!」
すぐに被って顔を隠す。
私は村では忌み子として嫌われている。
白い髪に赤い目
そして―
「はい。手袋も」
その固く冷たい手で受け取る。
私は片腕が義手だ。
左手の二の腕から先が無い。子供の頃、事故で無くしたのだ。
ラビにお礼を言って出発する。冬が終わり、これから麦を植えるために耕した黒い色の畑が続く農道を走る。
向かう先は家の裏に続く裏山だ。
朝露がまだ乾かないほど冷えた気温の中、薄く白い息を吐きながら進む。冬は終わってもまだ朝は寒い。
前から春に蒔く麦の種子を移動するための馬車を引いていた初老の村人がすれ違う
通り過ぎた瞬間小さく舌打ちされた。
「忌み子が…」
忌々しいと声で言われたが、聞こえないふりをして前を走った。
ラビと私は血が繋がっていない。
村人達はラビに対しては多少の距離は取るが冷たくない。だが、私を見た瞬間みんな汚いものを見るような目をする。私が捨て子だからだ。また赤い目というのも気味悪く思われている。
この世界では、弱いもの虐げられる。
強くないと生きていけない。
何故かと言うと―
ギャァァアァアァア―!!!
山の奥深くから甲高い叫び声と共に異形の生物は現れた。
血走ったギョロギョロとした目で辺りを見渡し、木の棒で辺りの木や草を叩きのめしている。
唾を飛ばしながら興奮しているゴブリンだ。
奥にはミームが泥塗れになりながら蹲っていた。
よく見ると深い溝に足を取られ身動きができない状況だった。
「ミーム!」
あの様子では、ゴブリンからしたら最高の朝ごはんに見えるだろう。
大事な家畜を食べられてしまえば、この先の家の収入や生活が苦しくなる。
なんとかあのゴブリンをやっつけねばならない。
幸いゴブリンはミームに興奮して私には気付いていない。木の影に隠れ着ていたマントと手袋を置く。
近くに落ちていた、木の枝を手に取り息を吸い呼吸を整える。
身体中の魔力をある一点に集中する。
左手の義手が仄かに緑色に光出す。そして冷たかった鉄の腕は一気に血を巡るように熱くなる。
この世界は強くないと生きていけない――
「はぁあ!!」
木の影から飛び出し、後ろからゴブリンの頭に木の枝を一気に振り下ろす!
ガァアン!!
ゴブリンの頭の頂点に木の枝がめり込みゴブリンの足元の地面もめり込み出す。
ぎゃあああおおおお!!
雄叫びを上げてゴブリンは死んだ。
まだ生まれてそんなに日が経っていない弱いゴブリンだった。
この世界は、魔物がいる。その数は数えきれない数で人々を日々襲っていた。食べていくだけでも必死なのに魔物まで襲いにくるためみな必死に生きている。
弱肉強食の世界だからこそ強くならなければいけない。弱いものは虐げられる思想が蔓延っている。
だから村の元々の人間ではなく腕も片方無い私は嫌われている。守る余裕が大人に無いのだ。
けど私にはこれがある。
魔力転換型機械式義手―
体内の魔力をこの義手に流し込みエネルギーに替え通常の何十倍の力が出せる。
魔物との戦いから武器産業が発展し、五体満足ではなくなった人々のために作られた技術だ。
「あ、どうしよ。力入れすぎて掌の所故障しちゃった…それより、ミームだ!」
我が家の大事な仔馬ちゃんを思い出し顔を上げた瞬間、右側から突然もう一体ゴブリンが飛び出し剣を振り上げていた!
「あっ!?」
避けきれない!―――
剣が私に振り下ろされる瞬間、それよりも先にゴブリンの頭は切断され崩れ落ちた。
ゴブリンの後ろには男の子が立っていた。
漆黒の髪に金色の目をし、頭からはツンと立った耳が生えている。獣人だ。手には長刀が握られていた。
「マーティ!」
私は助かった喜びと助けられた安心感でマーティに飛びついた。
「ラビから事情を聞いて飛んできた。なんとか間に合った…てか離れろ!!」
ホッとした顔と心配そうに金色の綺麗な目で私を見つめた後恥ずかしそうに私を引き剥がす。
マーティは幼馴染だ。年は一緒だが、マーティは獣人の中でも成長が遅く、158センチの私の身長より体が小さい。
そっぽを向いたマーティの尻尾はピリピリと毛が立ち緊張しているようだった。それを可愛いと思ってしまった。
獣人と人族が共存しているこの村、シンハサン村では互いに協力して生活している。獣人は、体が丈夫で力が強く、一族の統率を取り長旅に適しているため商売を生業にしている。
人族は、体が頑丈ではないぶん数が多く獣人よりも寿命が長く知恵があり手先が器用で農耕の技術がある。
共に手を取り合って生きているこの村は、他の村や町よりもまだ争いがない。
「マーティイィー!怖かったよー!よかったー!本っっっっ当にありがとうー!」
「俺はお前を守るので必死だよ。それよりミームの様子を見よう。」
朝日に照らされたマーティの漆黒の髪が薄らと濡れているのは急いで汗だくで来てくれたからだ。
その姿を見て私は安心する。