Scarabaeus laticollis
荒野に置かれたその肉は、
初めから肉塊として生まれ、
神に遺棄され、
意思など持たぬ
無機に限りなく近い
魂の欠如した部位である。
その周囲には
胆汁色に腫脹した
喇叭虫と呼ばれる
原生動物達が無数に付着し、
何の希望も感情も持たず、
ただ空を伸縮している。
放置した肉は[喪失の地上]で変容し、
腐臭を放ち、
その死を嗅ぎ付けて来た
黒い鉄の様な甲虫達に
集られるのだ。
ああ、
それは異様な荒野の光景だ。
命になり損ねた肉が各所に点在し、
そこに黒い甲虫達が蠢く・・
ほとんどの甲虫達は
肉に張り付いているが、
仰向けになり
死んでいる個体もいる。
足掻きも、執着も、
悲しみも無い
装置の様に
カブト虫達はこと切れて
その甲を晒す。
死者はただ先に進む・・
そういった肉が、
あちらこちらに放置された
寂し気な荒野をひたすら・・
死者は言う。
「なんという事でしょう。
神よ。
この荒野を進むにつれて、
私の盲の筈の目が
段々と見える様に
なっているではありませんか!!」
すると、キリストの声がする。
「逆だ。アニケトよ。
お前の目は腐り落ち、
地上での肉の役割を
果たす事を諦めた。
光ヘの執着を捨てたお前から、
盲という概念の方が
不要となったのだ。
それがこの地上で
[喪失する]という事だ。
存在は限定的で
削り取られる痛みだが、
無とは無限と同義であり、
今や全てが満たされるのだよ」
キリストは続ける。
「見よ、
ズダンⅢ種の様な色調の
神の血だよな。
その血を流す
朱色の二枚貝達がいる」
死者は驚き、叫ぶ。
「あれ、なんと!!
異様な!!」
「あれは愚者貝と
呼ばれる貝だが、
お前達の
知っているものよりも大きい。
ほら、
充血期の様な色の足で、
砂の中に埋もれながら、
あの様にして水管から
有限を取り込み透明にするのだ」
そんな対話をしているうちに
死者はやがて無言となり、
ひたすら
歩いていたと思いきや、
ふと、その地に崩れ落ちる。
荒野には
また静寂が訪れる。
喇叭虫や
肉に集る甲虫達の様に
意思と思考の無い
物質と装置が動き回るだけの
人間が生まれる前の
原初の静けさが
騒乱や喧騒を懐かしむ事すらなく
また、この墓地を・・
すなわち、かつてのエデンの園を・・
支配するのだ。
ああ、
夢は魂が見るものだが、
我々は魂を通してしか
現実を見る事が出来ない・・
存在とは、
非常に実在的な頓智である。