Exceed
崩落する日常
シトラはいつものように、埃っぽい路地裏を歩いていた。灰色の空の下、雑踏の喧騒が遠く聞こえる。彼女の住む街「ルナリス」は、戦争の余波で荒廃していた。難民が溢れ、物資は乏しく、軍の監視が厳しさを増す日々。それでもシトラは、平凡な生活を愛していた。朝は市場でパンを買い、昼は古い本を読み、夜は小さなアパートで星空を眺める。それが彼女の全てだった。
「ふぁ、今日も暑いな…」
シトラは肩にかけていたショールを直し、汗を拭った。長い黒髪をポニーテールにまとめ、大きな瞳には好奇心が宿っている。彼女の手には、父親からもらった古いペンダントが握られていた。銀色の鎖に小さな青い石が揺れる。それは父が生きていた頃、13歳の誕生日に贈られたものだった。
「父さん…今どこにいるんだろうね」
シトラの父は、軍の技術者だった。5年前、突然姿を消し、それ以来、彼女は母と二人で暮らしてきた。母は病弱で、シトラが家計を支えるため市場で雑用をこなす日々だった。
その時、遠くで爆音が響いた。
「え、なに!?」
シトラが振り返ると、黒煙が空を覆い、叫び声が街を包んだ。市場の喧騒が一瞬でパニックに変わる。人々が逃げ惑い、荷車が倒れ、子供の泣き声が響く。
「軍だ! 難民の粛清が始まったぞ!」
誰かの叫び声がシトラの耳に突き刺さった。
「粛清…!? なんで、こんな…!」
ルナリスには、戦争で故郷を失った難民が流れ込んでいた。軍は彼らを「秩序の敵」とみなし、定期的に「粛清」と称した虐殺を行っていた。シトラはそんな噂を耳にしていたが、まさか自分の街で、こんな近くで起こるとは思わなかった。
ドン! 近くで爆発が起こり、地面が揺れた。シトラは咄嗟に路地裏へ逃げ込んだ。だが、運命は彼女を逃がさなかった。
「きゃっ!」
背後で銃声が響き、軍の戦車が路地を塞いだ。金属の軋む音とともに、戦車が砲塔を向ける。シトラの心臓が早鐘を打つ。
「逃げなきゃ…!」
彼女は全力で走った。だが、次の瞬間、爆風が彼女を吹き飛ばした。地面が崩れ、シトラは闇の中へと落ちていった。
イクシードとの邂逅
「う…いたた…」
シトラは目を覚ました。全身が痛み、頭がガンガンする。辺りは薄暗く、埃と鉄の匂いが鼻をついた。彼女は崩れた床の下、地下の廃墟に落ちていた。
「ここ…どこ…?」
周囲を見回すと、巨大な機械が目の前にそびえていた。白い装甲に覆われ、流線型のフォルム。まるで巨大な鳥のような姿だった。
「これ…なに?」
シトラは立ち上がり、機械に近づいた。表面には「Exceed-01」と刻まれた文字。彼女の胸に、妙な既視感が広がる。
「この形…どこかで…」
その時、彼女のペンダントが青く光った。
「えっ、なにこれ!?」
光は一瞬で強くなり、機械の表面に反応するように輝いた。突然、機械のハッチが開き、内部から柔らかな光が漏れた。
「うそ、動いてる…?」
シトラは吸い寄せられるようにハッチに近づいた。ハッチの先は狭いコックピット。無数のスイッチとモニターが並び、中央にパイロット用のシートがあった。
「これ…乗るの? 私?」
恐怖と好奇心がせめぎ合う。だが、背後で再び爆音が響いた。軍が近づいてくる。逃げる場所はない。
「やるしかない…!」
シトラは意を決してコックピットに飛び込んだ。シートに座ると、ペンダントの光がさらに強くなり、コックピットのモニターが一斉に起動した。
「認証コード確認…パイロット登録:シトラ・レイン…起動シーケンス開始」
機械的な音声が響く。シトラは目を丸くした。
「え、私の名前!? どうして…!」
次の瞬間、白い機体――イクシードが動き出した。
「うわ、動いた!」
地下の廃墟が崩れ、機体が地面を突き破って外へ飛び出した。陽光がシトラの目を眩ませる。目の前には、軍の戦車と兵士たちが並んでいた。
初めての戦い
「イクシード1機の起動を確認! 未承認コードだ!」
軍人Aの声が無線で響く。隣の軍人Bが目を細めた。
「白いイクシード? あんな機体、見たことないぞ。改造機か?」
軍の戦車が一斉に砲塔を向けた。シトラの心臓が締め付けられる。
「やばい、やばいよ…! どうすれば…!」
だが、イクシードは彼女の意思を汲むように動いた。モニターにターゲット情報が表示され、操縦桿が自然に手に馴染む。
「これ…動かせるの、私でも?」
シトラは操縦桿を握り、試しに動かしてみた。イクシードの脚部が軽やかに動き、戦車の一撃をかわす。
「うそ、めっちゃ速い!」
戦車が砲撃を放つ。だが、イクシードはまるで生き物のように跳躍し、攻撃を回避した。シトラのペンダントが再び光り、コックピットに新たな情報が流れ込む。
「ギアソード、展開可能…?」
シトラはモニターの指示に従い、スイッチを押した。イクシードの右腕から光の刃が現れる。
「これ、剣!?」
彼女は咄嗟に操縦桿を動かし、イクシードを戦車に突進させた。光の刃が戦車を一刀両断。爆炎が上がり、軍人たちが慌てて後退する。
「こいつ…強い!」
シトラの心に、恐怖と同時に興奮が芽生えた。イクシードは彼女の動きに完璧に応え、まるで体の一部のように動いた。
だが、戦いは簡単ではなかった。軍は増援を呼び、新型の戦闘機が空から襲いかかってきた。ミサイルの雨が降り注ぐ。
「うわっ、危ない!」
シトラはイクシードを旋回させ、ミサイルを回避。だが、機体の装甲が一部損傷し、警告音が鳴り響く。
「くっ…まだ、終われない!」
シトラは歯を食いしばり、戦闘機を追った。イクシードの背部からブースターが展開し、驚異的な速度で空を駆ける。
「ゼアキャノン、チャージ完了!」
モニターの表示に従い、シトラはトリガーを引いた。イクシードの胸部から放たれた光の奔流が戦闘機を撃墜。空に火花が散る。
長い戦いの末、軍は撤退した。シトラはコックピットで息を切らしながら、汗だくでシートに沈み込んだ。
「勝った…? 私が…?」
彼女の手はまだ震えていた。だが、心の奥には、確かに「生きている」という実感があった。
父の記憶
静寂が訪れた戦場。シトラはイクシードから降り、機体の表面を撫でた。白い装甲は傷だらけだったが、どこか懐かしい感触があった。
「この機体…父さんの…」
シトラの脳裏に、幼い頃の記憶が蘇った。
「シトラ、ほら、父さんの仕事場だよ」
父はシトラの手を引き、秘密施設に連れて行った。そこには、白い機体が静かに佇んでいた。
「これがイクシードだ。父さんな、コイツで空の果てに行くんだ」
「空の果て? そんなとこ、ほんとにあるの?」
シトラは目を輝かせて聞いた。父は笑い、彼女の頭を撫でた。
「あるさ。そこには、戦争も悲しみもない、自由な世界が広がってる」
その夜、父はシトラにペンダントを渡した。
「これ、お前の鍵だ。大事にするんだぞ」
シトラはペンダントを握りしめた。涙が頬を伝う。
「父さん…これが、父さんの夢だったんだね」
彼女は機体を見上げ、決意を込めて呟いた。
「このイクシード、Skyって名付けるよ。父さんの夢、私が引き継ぐから」
戦火の始まり
シトラはSkyに乗り、街を離れた。軍は彼女を「未承認パイロット」として追跡し始めていた。ルナリスの外では、戦争がさらに激化していた。反乱軍と政府軍の衝突が続き、市民は戦火に巻き込まれていた。
「私が…戦うしかないんだ」
シトラはSkyのコックピットで、ペンダントを握りしめた。父の夢、空の果て。それは単なる場所ではないのかもしれない。自由、平和、そして希望――それらが待つ場所。
その日から、シトラの戦いが始まった。Skyとともに、彼女は戦場を駆け抜ける。軍の追手、反乱軍の策略、そして自らの過去と向き合いながら、彼女は「空の果て」を目指す。
「行こう、Sky。父さんの夢、私たちの未来を掴むために!」
Skyのブースターが轟音を上げ、空を切り裂く。シトラの瞳には、決意の光が宿っていた。