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ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ ネタバレ感想

作者: 相浦アキラ

ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へのネタバレがあるので未読の方はご注意ください

 「ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ」は「チ。-地球の運動について」で有名な魚豊氏の漫画作品で、陰謀論と恋愛を絡めた作品であります。

 最近流行りのセカイ系だと世界を変え得る力を持った主人公が勇気を持って強大な敵に立ち向かうといった流れになって行くのですが、この作品はアンチセカイ系ともいうべき感じの構成になっています。失恋した凡人の主人公が悲惨な現実を受け入れられず、自分を選ばれし者であると勘違いして暴走していくというストーリーです。


 この主人公が陰謀論にのめり込んで行く流れはかなり丁寧に描かれています。脈ありだと思っていたヒロインの飯山さんがどうも自分に興味がない事に気付いて生きる意味を失い絶望した所に、世界の闇と選ばれし者として戦うという意味を「先生」に提示されてしまうのですから、のめり込んでしまうのもなんだか分かる気がします。

元々私は暇空茜を追っていて、この作品が陰謀論者の暇空茜と似ている点があるという話を聞いて興味が出て読んでみたのですが、「否定は肯定」とか「ここは最前線」とか、やたら巨大な敵を設定したり滅茶苦茶に論理が飛躍したり、確かに色々と見覚えがある場面が多かったです。大きく違うのは暇空茜が大金を持っているのと、実際にバズってしまいかなりの影響力を持ってしまったという事ですが。


 何にせよ主人公の渡辺は思い込みは烈しいけどそこまで頭が悪い訳でもなく、最終的に陰謀論から足を洗う事になります。「先生」と共にフェスを乗っ取って電波ジャックしようとして、ヒロインの飯山さんと目が合って恥ずかしさのあまり何も言えなくなり我に返る事になります。それから半年後、偶然出会ったヒロインに告白したら清々しいほどこっぴどくフラれ、渡辺はちょっとだけ成長しながらも今まで通りの凡庸な日常を送っていくこととなります。


 この作品で一番いいと思ったところは、陰謀論者も誰も彼も一人の人間として描いているところです。ヒロインの飯山さんも、陰謀論者の「先生」も、見え方が違っても同じ夕日に感動しているし、やり方が違うだけで世界をより良くしたいという夢を持っています。陰謀論団体FACTの創設者にしても、全てをディープステートのせいにしないと生きていけないからこそ陰謀論にのめり込んでしまっている事が明かされます。この作品は陰謀論にハマっている人を見下して哂うという露悪的な作品では全然なく、誰もが事情があって理想や悲しみを背負っていて、それらを誤魔化し生きていくため陰謀論にのめり込まざるを得なくなったという視点があります。その点は私が追っている暇空茜もきっと同じで、苦しんでいるからこそ現実から逃げる為に誰かを攻撃している所もあるのだと思います。私だって誰だって現実が辛すぎて目を逸らさないと生きていけない部分は多かれ少なかれあると思います。人間とは死すべき運命を背負った上に、その運命を自覚せねばならないという二重の悲しみを背負った存在で、だからこそ歪みが出て来るという事でしょう。一方でこの作品はただ歪みを描くだけではありません。渡辺がかつて騙されていた金がすべてだという価値観を振りまく詐欺セミナーに乗り込んで、「先生」との友情コンボでご破算にさせるといった普通に熱い展開もあり、陰謀論自体の荒唐無稽な面白さもあり、ただただ悲しいだけの作品と言うわけでもなく、色んな観点から楽しめる作品でした。


 ただ一つ気になったのはちょっとヒロインの飯山さんが神格化され過ぎではないかという事です。飯山さんは頭が良くカッコいい感じの大学生で、ボランティア活動をしながら社会をより良くする為に投資家になって会社を作ろうとする等、まあ上流階級でリベラルですごい感じの人なのですが、主人公の告白を断る時は何の躊躇もなく「無理です」とキッパリ断っています。


 まあ主人公は学も無く見た目も良くない低賃金の派遣社員で、その上陰謀論にハマって色々迷惑までかけて来たのですから常識的に考えたらフラれる要素しかないのですが、何故渡辺が無理だったのかは作中で一切説明されません。これはちょっとズルいかなという気がしました。もちろん無理なのは無理なので仕方がないのですが、普段きれいごと言っていても結局恋愛対象としては(ルッキズムだか能力主義だか何だかは知らないけども)渡辺を下に見ていたわけです。渡辺にとってはそれが一番重要だった筈ですが、その差し出された手を突き放す事に全く葛藤はないのか、自分の中のルッキズムだかなんだかの利己的な損得勘定を発見する事は無かったのかという事は気になりました。まあともかく、作品的には真っ直ぐ向き合って馬鹿にせずフッてくれたんだからよかったじゃんか、みたいな描かれ方をしています。


 それと印象に残っているのが、渡辺がかつての恋敵(?)だった平子と出会い話をする場面です。この時、飯山さんを好きになった事を反省する渡辺に平子が言った「傷つけなくなっちゃうよ」という台詞が心に刺さりました。好きになる事自体は悪いことでは無く、失った時に傷つく事ができる大切な何かが無ければ人生は全て無駄に思えてしまう。好きは合理的には邪魔な感情ともいえるが、好きが非合理の存在を思い出させてくれる。


 まあ、その通りだと思います。人間の背負った悲しみというのも、あくまで合理的価値観にのっとって世界を眺めたらそう見えるというだけの話で、非合理の存在も加味していくと泥の河を渡った人生も悪くないとも言える訳です。ですからある意味悲劇も喜劇も表裏一体なのであり、そういう視点があるからこそ、この作品もなんとなく明るい雰囲気を纏っているのかなと思いました。そんな感じでこの作品は綺麗に終わる……と見せかけて最後の最後にストーリーテラーよろしく「先生」がでてきて盛大に陰謀を語ってシメてくるのでびっくりしつつも、感心してしまいました。


 なんやかんやで作者さんも陰謀論の持つ謎めいた魅力には惹かれる所があるし、私もそうなのかなと言う感じです。かくいう私も子供の頃にテレビでやっていた怪しげな陰謀論番組を大真面目に信じていたものです。作中に出て来た「アポロ11号が月に行ってない説」とかも普通に信じて、恥ずかしながら世界の真実を知った気になって「アポロ11号は月に行ってないっていうのにー」なんて替え歌歌っていたくらいです。そんな黒歴史を思い出しながらも、真実を語る「先生」に不思議と心地よさを感じてしまう……これもある意味、非合理な好きという感情という事なんでしょうか。まあハッピーエンドと言うわけではないのであまり綺麗に終わらせたくなかったという事なのかもしれません。


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