6 野辺の最果て
「最後に我等異世界人へ、王妃グラーシア様には
『テクテク信州⭐︎アルクマ 上田限定バージョン真田幸村歩熊』のストラップを。
ゼンコウジ教会司祭シェン殿に財布とポイントカードとスクラッチ3枚。
そして私ツチヤ クラウドにはアウディの鍵と文庫本一冊と栞となります。
それから魔法省管轄 王立魔法開発局異世界管理課に現金16,666円、今此処に無い2000円札以外の
紙幣と硬貨を一枚ずつ寄贈し、異世界人判定の際の資料とします。
残金の紙幣と硬貨はリヴィエール、シランゼリシェ両家で保管管理する事とします」
ハンドバッグに入れていたであろう品も並べられている。
日本でショーン夫人こと恵美子が足としていた車の鍵は、此方では何の用も為さぬ飾りとなっていたが
それでも異世界の物となれば好事家が高値で引き取りを申し出る稀少な美術品なのである。
財布は本革のシンプルな長財布、恵美子は市役所に離婚届を提出受理された帰りに此方に飛ばされた。
故に身分証、免許証や様々なクレジットカードや類にポイントカードの氏名は婚姻時の
浮気者の元旦那の苗字だったのが耐え難く、固く封じて誰の目にも触れさせぬよう秘蔵していたが
死を前にそれ等をほぼ焼却し処分したのだが、一枚だけ残していた物がシェンに譲られたポイントカード。
転生人の王妃グラーシアの肝煎りで建立されたゼンコウジ教会の神官長 シェンも転生人だ。
そのシェンが前世日本で営んでいたラーメン屋『一番星』のポイントカード。
その店の看板に描かれたニワトリは、シェンこと木村 昭次の娘が
保育園で父の為にクレヨンで一生懸命描いた可愛らしく味のあるイラスト。
娘の優しさと父への愛に溢れた絵を看板だけで無く店のマークとして採用して大切にしていた。
そのニワトリが大きく印刷されたポイントカードだけは
シェンに遺そうと、ショーンは自身の名前を洗浄だけで無く消去の魔法を駆使して消した上で
同じく『一番星』のラーメン一杯無料キャンペーンのスクラッチカードと一緒に取って置いたのだ。
並べられた異世界日本からもたらされた品々が並ぶ中、分配先が決まって其々引き取られて
物珍しい貴重な物を間にする事が出来たと見物の為に葬儀に参列した人々は感嘆の息を漏らした。
「そして此方のショーン デ リヴィエールシランゼリシェ侯爵母君が護身の一振り。
人間国宝宮入行平作の短刀は手塚家当主手塚 一盛より孫娘恵美子誕生を祝して打たれた物。
手塚 恵美子ことショーン夫人生家の宝刀故に手塚の血統の者に受け継がせるべき物なれば
実子エミール デ シランゼリシェ侯爵へと譲られるよう言付かっております。
以後エミール殿の嫡男ショーリ殿、その先も手塚家の血を継ぐシランゼリシェ家の嫡子へと受け継がすべし。
万一シランゼリシェ家断絶若しくは手塚の血が絶えた場合、行平作護身刀は
リヴィエール本家へ託し廟堂に納めますよう」
古代紋様の錦地の刀袋の前に、鞘を払って抜き身で置かれた刀は冴え冴えとした光を湛え其処に在った。
女子に持たせるべく懐剣として鍔の無い拵え、正当な持ち主と認定された
ショーンの一人息子 エミールが柄を取り一振り。
葬儀の場を飾る供花の籠が音も無く二つに割れ、色鮮やかな花弁が死者の魂が向かうと信じられている
マトラ神の庭への道行を彩るかのように聖堂の清浄な光を受け、ヒラヒラと一面に舞い散っている。
そうして行平作の短刀が黒塗りの鞘に収められれば、相続の為の遺言状の公開と
遺品の分配の儀は終わり葬儀へ移る。
此方の、キリアラナ王国の国教マトラ信教での葬儀は、棺に納められた故人に別離の花を供え
経典の中の弔いの、マトラ神の庭へ昇る死者の魂の旅路の無事を祈る聖句を誦じて、棺を閉じて終わりである。
その後は墓地に埋葬となるが、火葬か土葬かは身分と地位とその家の経済状況によってまちまちだ。
リヴィエール辺境伯家とその領地シランスにとって『鉄壁』の異名が付く程の献身と功績を残した
シランゼリシェ侯爵母君ともなれば、リヴィエール家の廟堂に納められて当然であるから
終の暇を告げ、棺に蓋が為されて封がされたのならば、棺は葬送の馬車へと乗せられ
一路シランスへと向かい、そのまま廟堂へと安置される。
これが永の別れだと参列した皆は涙を流しながらも、聖堂から大通りまで花を撒いて
故人の行先、マトラ神の庭、シランスのリヴィエール家廟堂の彼の人の隣への道筋が
せめて晴れやかな美しいのもでありますようにと祈りを込めて見送りに立った。
彼女が幸せだったのだろうか、それは当人しか解らない。
それでも彼女はシランスの聖堂から、故郷の松本市を懐かしんだマツモトシティの
ナワテの丘に埋葬された遺品に密かに忍ばせた1房の黒髪と静かに想いを寄せた人への記憶と共に
静かにシランス港を見下ろす形で眠っている。