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沈む黄昏  作者: 三ッ井乃
4/6

4 告別

服喪の薄灰の儀礼服にマントはシランゼリシェの紋章が織り出された正式な物を羽織った

シランゼリシェ侯爵が納棺の間として使われている教会の一室に現れた。


「澪標、か」


故人の遺言にあった形見分けの品を運び入れたと、長持を持参した事を

リヴィエール家当主のオレールに報告するシランゼリシェ侯爵エミールの背にある紋章に

目を留めた司祭のシェンの思わず呟かれた単語に、当人のエミールが反応する。


「ミヲツクシ、とは?」


「その紋章、碇の碇柄(シャンク)の頭に水路の浅瀬を示す形の杭になってるなぁと。

シランスでも船が乗り上げてしまわないように浅瀬を示す杭など御座いましょう?

コチラでは杭の頭に逆三角形になる様棒を組んで、そうと知らせる物を澪標って言うんですよ。

その言葉は『身を尽くし』に通じるってんで一身を尽くす尚武の気風に通ずると

武家に愛されるモチーフだと、家紋に用いられたりするんですよ」


「そうか、この紋章の意味を漸く知れました」


シランゼリシェ侯爵エミールは肩に掛けられたマントの織地の紋様を撫でて礼を言う。


故人の子息、葬儀の喪主となるシランゼリシェ侯爵の到着を以て葬儀が始まる。

本来なら喪主となる故人の夫であった当代シランス辺境伯オレール デ リヴィエールの

元弟 クレールが喪主として立つのだが

長兄オレールの妻次期辺境伯夫人の兄嫁に手を出した不品行から

既に離縁義絶された為にこの場にはいない。

一族以外には不祥事が故にその事実は伏せられているので

何時の間にか死別したと受け取られ、子息が家督を継いでいるので不在を疑問視する者はいない。


棺に移された亡骸を司祭の先導で聖堂へと運び入れ、葬送の聖句を口にし参列者は

最後の別れの挨拶を行うのだが、その前に異世界よりの転移で此方に来た故人の所有物を含む

遺産相続の件があり、故人が貴族に嫁した身分の他に高ランカーだった事もあり

高価な品々も多数遺された事も相まって故人の遺徳を偲ぶ者以外にも

物見高い異世界マニアや魔道具コレクターなどという輩も押し掛けているらしい。


遺言で王妃立会いの下、故人の遺志を汲み公平に分配する為の話し合いが行われる為に

王宮からも騎士団が警備に出て関係者、リヴィエール辺境伯一族が集結。


既に故人の棺に辺境伯本人とその配偶者にしか許されていない舵輪の染め抜かれた

『キリアラナ王国南方大将旗』が掛けられている事は彼女が異世界転移チートのお陰だとしても、

それをシランスとリヴィエール一族に多大な貢献をした成果だからと

参列者達からは違和感を持たれる事なく受け入れられている。


かなりの規模の葬儀となるが、それだけに不正や後からの言った言わないの水掛け論の

入る隙間なぞ発生しようが無かろうと、司法官の立会い人を複数立ち合わせ

更には王妃と王太后殿下にも遺言により異世界製の品が渡るとあって国王の臨席となった

大分大仰な形見分けが先に行われる運びとなったのだ。


故人がリヴィエール家の猶子として庇護を受けていた関係で婚姻の際に持たせた

リヴィエール所縁の宝飾品等は碇に槍の紋章の入った宝石箱。

子息エミールが新たに立てたシランゼリシェ家関係の装飾品は碇に澪標の紋章の衣装櫃。

最後に転移の際に手荷物として持ち込んでしまった品々は手塚家の三ツ盛亀甲紋の打たれた長持。

その三つの箱が持ち込まれ、遺された数通の遺言書と共に開封された。


既に貴金属宝飾品以外の装束等はシランゼリシェ侯爵夫人シャルロッテと令嬢のメグミ嬢

ルミエール嬢とケリア嬢に其々譲渡されている。


嫁入り道具としては中々に物騒な、魔導戦艦なる魔石を動力源とした空飛ぶ戦艦は

シランゼリシェ侯爵母君の手からリヴィエール本家へ所有権が移譲された。

当主のシランゼリシェ侯爵一家力では動力源となる大量の魔石の入手が困難であるからだ。

今まではシランゼリシェ侯爵母君ショーン一人でも高難易度の攻撃力防御力の高い魔獣であろうとも

整えられた畑から作物を収穫するかの如く狩り取っていたが為に

個人での所有運用も容易かったのだが、異能もギフトも無い普通のキリアラナ人では無理である。


シランス辺境伯としても領地からの納税の他にシランス港を有し交易による税収もあり

辺境伯という地位と役目により有する兵力により魔導戦艦の動力確保は容易であり

海上に複数の戦艦を出して多数の兵を動員しての海の魔獣群の間引きや討伐が

上空より魔導戦艦からの砲撃で以前よりも安全確実に行える事を知ってしまった今では

辺境伯としては欲しい軍備であった事もあり以前より合議にて移譲は確約されていたので

改めて明文化された程度の事であるので確認はスムーズに行われた。


更に王家に空輸艦二隻を献上という形で譲渡する事も了承された、王家王国側としても

シランゼリシェ侯爵母君が考案、魔導士ギルドと共同で設計建造された空飛ぶ戦艦は垂涎の品。

出来る事なら大魔導砲を装備した『山雅』や『深志』が欲しかったのだが

既に遺言で次の所有諸々権限を譲られるのはリヴィエール本家の一の姫 ヴィクトリア嬢が指名されている事と

王家への譲渡をリヴィエール家側が拒絶したからだ。


それにシランゼリシェ侯爵母君がリヴィエール子爵に入輿したばかりのリヴィエール子爵夫人と

呼ばれ始めていた頃から空輸艦を使った災害救助を行なって、キリアラナ王国内何処へでも飛んでいた。

しかしそこまで大掛かりな救済活動となると国の事業とすべきだろうとすんなり移譲が決まったのは

王立魔導師協会と宮廷魔導師達が接収した輸送艦の構造を微に入り細に入り穿ち観察し

その秘密を暴いて技術を我が物にするだろうとの思惑と、リヴィエール家の後継はヴィクトリア嬢の

弟ルイであり、ヴィクトリアは他家に嫁す令嬢だから王族の誰かに嫁がせるなり側妃に娶れば

簡単に入手出来ると見ている節もありそうだと計算している向きもあろうが

既に彼女は一族内の令息と婚約済みだ。


そして複数所持していた魔導艦の内小型の物を一隻、シランゼリシェ侯爵家にという遺言を

認められたのは大型艦を王家に取り込めたからと、それ以外の小型船数隻程度ならと許された。

何より空へ大型の船を浮かべ、推進させる為のエネルギーを得ようとすれば膨大な魔石が必要となる。

高々何の産業も副収入も持たぬ只人の侯爵がそれだけの魔石を入手するのは難しいだろうと

身分と能力と兵力を甘く見積もられての目溢しに過ぎない。


そして故人の遺体をシランス領マツモト市ナワテの丘へ埋葬する件は

副葬される魔導弓『細石』の事もあり盗掘や管理の問題があって、実際に埋葬したとしても問題があると

リヴィエール家としても叶えてやりたいがギルド職員や教会やら近隣より一部の難色を示す者が出た。


ならばとシランゼリシェ家リヴィエール家、シェン司祭とで話し合い

故人を埋葬するのはリヴィエール本家の廟堂、代わりにナワテの丘へは慰霊碑を建立。

冒険者時代の装備と愛用のナイフと普通の弓矢一式、前シランス辺境伯ヴィクトワール氏の

当主の纏う舵輪紋の織り出されたマントを棺に納めると共に

故人愛用の櫛と前シランス辺境伯愛用のクラバットを一本、納めた籠手の内に忍ばせた。

シェン司祭発案で、表向きシランゼリシェ侯爵母君の墳墓としながら

前シランス辺境伯閣下とシランゼリシェ侯爵母君の比翼塚となる。

これなら故人の遺志と墓泥棒対策とを両立しながら、残されたリヴィエール一族も納得という事だ。


そして漸く形見分けと碇に槍の紋章の施された宝石箱は、リヴィエール本家として

先代辺境伯が猶子として迎え、一族に嫁す際に誂えた宝石類は血縁のショーン夫人の

孫娘3人に分け与えられる事に決まった。


碇に澪標の紋章の衣装櫃には宝石を縫い付けた豪奢な正装用ドレスや、シランゼリシェの紋章の繡のある

礼服や登城するのに相応しい比較的格式の高いドレスや小物類が納められている。

それは血縁の孫、シランゼリシェ侯爵の長男ショーリと次男ウィンダムへと譲られる事となる。

正確には将来彼等の伴侶に向けてのものだ、碇に澪標の紋章の入った品は継子のショーリの伴侶へ。

紋章の入っていない品は家を出てリヴィエール一族の分家の一員となるウィンダムの伴侶へ。


そしてこの場で一番の注目、手塚家の家紋、三ツ盛亀甲紋の打たれた長持。


その異世界情緒溢れる艶やかな黒塗りの箱には金泥で三ツ盛亀甲紋が描かれ、蒔絵の施された豪奢な逸品。

複数の異世界人に聞き取りをし、豊かな想像力と卓越した技術で再現されたドワーフ謹製の長持の中には

リヴィエール本家にもシランゼリシェ侯爵家にも属さない故人の所有物が納められている。

それはショーン個人が買い求めたり贈られたり献上された物の他に、アチラ側からの持参品が含まれる。


ヴィトンのバックに詰め込まれていた、オタク推し活御用達の様々なプレミアム玩具は

金銀プラチナ宝石で作られた宝飾品とも呼べる変身コンパクトやネックレスや指輪といった

装飾品に変身ペンライトとかベルトや飾り物らしき盾やら時計に精巧な作りの細工物。

戦国ゲームキャラの金無垢の立像やコイン(メダル)も幾つか揃っている。

更に彼女の生家で誂えた嫁入りの道具としての装飾品や、受け継がれた和装小物の数々と

一番の宝物と挙げられるのは人間国宝 宮入行平の作刀した守り刀一振りだろう。


遺産相続に全く関係の無い者等も、一目拝んでみたい珍奇の品々。


シランゼリシェ侯爵家の家令の指揮によって侍従二人掛かりで長持の蓋が開けられる。

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