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沈む黄昏  作者: 三ッ井乃
1/6

1 訃報

今日、一人の貴婦人の死が王宮に伝えられた。


彼女はある日突然、日本という国から転移して来た善良な一般市民だった。


ごく普通に恋愛を経て結婚し、夫婦共働きで真面目に働いて納税していた普通の日本人女性だったが

夫の不倫によって離婚を選択し、離婚届を出した直後に突然界を跨いでしまったのだ。


着の身着のまま婚前の財産を鞄に詰めたのを持ち、中世西洋文化に酷似したキリアラナ王国の

南方シランス辺境伯本邸の庭の大きなケリアの巨木に引っ掛かった状態で発見された。

その身は時を巻き戻したかのように幼児へと変化し、所謂チートという神からのギフトとして

肉体強化と膨大な魔力を与えられていたのが確認された。


古来より異界渡りをした異世界人は、神より祝福を得た得難い知恵や能力を持つ福徳の人と知られ

王家も始祖は異世界より召喚された勇者と語られている事からして発見した辺境伯家では

彼女を家盛興隆の幸いとして、籍こそ入れる事は無かったが実子同様の猶子格として遇し

自家と領地の益となるよう教育を施し世話を焼いたのだ。


そうして気付くのは此処が日本でそこそこ売れた乙女ゲームの世界だという事と

正規プレイヤー不在の所為か、中身の転生者が逆ハー狙いの浮かれポンチな脳みそお花畑なビッチが

そのヒロインの中身だったからかなのかは不明だが、少女が排斥されたストーリーから外れた

その後の世界を物語の傍らで生きていたからかなのか気が付くのに時間が掛かってしまった。


そしてその間に彼女は二晩程度なら不眠不休で戦える体力を得、女の細腕で強弓を引き

山野を駆け回り魔獣を斃す能力、物語にありがちな国難に立ち向かう英雄的な活躍。

そして辺境伯家令息に請われての結婚、華やかな社交に王家の寵、持ち得た転生の特典で

唸る程の財力を築きで更なるチート、チート、チート。

人々に持て囃され頼られ、益々名声を轟かせ仲間や領民にまで愛された中で結婚し、子も成した。



けど、それが本当にそれが幸せだったんだろうか?




王宮の奥宮、王妃の応接間に改まった姿でシランゼリジェ侯爵夫人が自身の姑である

シランス辺境伯所縁のショーン デ リヴィエール シランゼリシェ夫人の死去を報告に参内していた。


「今朝、姑が身罷りまして此方が遺言書となります」


辺境伯所縁の夫人の遺言書となれば辺境伯家で、または子息の家で開封されるべきものなのにと

不思議に思うが、遺言書は複数あり家族向け、主家に向けた物と王妃に宛てた物とが遺されていた。

この王妃というのも公爵家の姫という尊い血筋でありながら

異世界から転生した魂を持つ元日本人なのである。


「遺書は複数用意されておりまして、此方は王妃様宛てで御座いましたのでお持ちしました。

それに中身は古代勇者語で(したた)めてあり、私共では解読出来ませんでした」


「そう、では読みますわね」


いくら王妃とはいえ他家の夫人の遺言書となれば勝手に開いて読むのも何かと憚りがある。

だから席を用意し、シランゼリシェ侯爵夫人と司法の立会い人を呼び寄せて共に目を通す事となった。


  拝啓

朝晩も冷え込みそろそろ社交シーズンも終わりそうな今日この頃、お疲れでは御座いませんか。

突然の遺書を送りつけて驚かせてしましましたね、本当にごめんなさい。

別に嫌な事があったとか思い悩んでいたり

思いつめたりなんかしていませんし、何らかの病を得た訳でもありません。

誰かに脅迫されたり害された訳でもありませんから悪しからず。


ただもう此処でするべき事を全てやり終えたのだという事と、これからしたい事があっての決別なのです。

生前染谷の奥様としても王妃様としても貴女様には大変お世話になっておきながら

厚かましくも最期のお願いを託してしまうご無礼をお許しください。


シランス辺境伯リヴィエール家当主殿にも同じ事をお願いしてありますが、私の遺言と

形見分けの見届けをしてくださりますようお願い致します。

もし、国として難しいところが御座いましたら国王陛下、辺境伯閣下、息子と

何卒宜しきよう諮りくださいますようお願い申し上げます。


一つ、魔導戦艦『山雅』『深志』の指揮権を姪のヴィクトリア デ リヴィエールに

移管します事変わりなくご安堵くださいますよう願います。


一つ、魔導輸送艦『御嶽』『雷電』の所有権及び権限の一切をリヴィエール、シランゼリシェ両家は放棄し

王家に献上致し、運用をお任せしたい事。


高速艇『烏』二十三機についてはリヴィエール辺境伯閣下に運用管理をお願いしたい事。

お許し頂けるのであれば『烏』の一艇をシランゼリシェ侯爵夫人へ譲り

一代限りの所有をお認めください、難しいようでしたら連絡船『歩熊』『郵便熊』の

何方かでも結構で御座いますので何卒ご配慮の程お願い致します。


一つ、所有していた宝飾品の内、リヴィエール、シランゼリシェ所縁の品については宝石箱と共に

リヴィエール家にお返しし、日本より持参した品々や私個人の金品については三つ盛亀甲紋の

長持に納めてありますので信州所縁の方々及びシランゼリシェ家の皆に其々にお分けし

王太后殿下に献上の品についてはシナノ領クラウド ツチヤ騎士伯からお渡しするよう

お取り計らいくださりますようお願い致します。


一つ、私の葬儀に関して出来ましたらゼンコウジ神殿シェン司祭にお願いし簡素に執り行った上で

シランス領マツモト市ナワテの丘へ愛弓『細石』と一緒に海に向けて埋けてくださいますよう願います。


色々とお世話になっておきながら突然のお別れと

面倒事にお手数お掛けしますが何卒宜しくお頼み申し上げます。


                                敬具


                        ショーン デ リヴィエールシランゼリシェ

                         手塚 恵美子

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