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ゼロハロウィン

※この話は作者の空想です。実在する話とは一切関係ないです。

人によっては不快感を与えるかもしれません。読む時は自己責任で。



「トリックオアトリート!」

今日はハロウィン。楽しい楽しいハロウィン。

あたりには菓子を要求する子供の声が響いている。

空には多少曇っているが、星がいくつか出ている。

「月ちゃん、見てみてー!」

二人の少女が、魔女の仮装をしながらあたりの家を訪問している。

その手にはカゴが握られている。

5歳くらいだろうか。まだ幼い。二人とも髪は白く、長い。帽子は不安定で、手で持っていないとずり落ちそうだ。

二人は幼馴染であり、これ以上ない親友でもある。

「どうしたの?泉ちゃん?」

泉は、カゴにいっぱい入ったお菓子を月に見せた。

「あそこの家の人からもらったんだー。」

「いいなあ…私には知らない人の家を訪問する勇気なんてないよ…」

月は、自分の空っぽのカゴを虚しそうに見た。

「それにしてもこの魔女の帽子、ちょっとキツイんだけど…外しちゃだめかな?」

「だめだよ!月ちゃん。おばあちゃんが言ってたんだけど、今日は死者が訪ねてくる日で、彼らに連れ去られないよう仲間と思わせるために仮装するんだよ!まあ、楽しいからなんでもいいけど!」

「そっか…」

(いいなあ…本当にいいなあ…)

そんなに純粋で、可愛くあれるのが羨ましい。

顔も、体も、声も、帽子を掴むその仕草さえ可愛い。

皆から可愛がられて、愛されて。

私とは違う。親からすらも愛されず、唯一慕ってくれる妹さえ今はー。

月は泣きたくなった。

するとそれを察知したのか、泉は月の頭をそっと撫でた。

「なんで泣いているの?」

「別に泣いてなんかないよ………」

月はそう答える。

泉はそんな彼女を黙ってみていた。

そして、

「はい、月ちゃん。」

泉は彼女に2つ飴を差し出した。

「え…?」

「あげるよ、お菓子。妹ちゃんの分も。」

月はぼーっとしながら、それをカゴに入れた。

「ありが…」

「あ、みて月ちゃん!黒猫だよ。」

泉は、路地の塀の上で黒猫を見つけた。

それを追っていく。

「あ、待って、泉ちゃん…」

しかし、泉は運動神経が良い。

塀を越え、道を横切り、一心不乱に駆けていく。

あっという間に月は見失ってしまった。


月は必死に探した。

やがて雨が降り出した。

「もう、泉ちゃん…風邪ひくよ…」

そうポツリと呟いた。

風邪、という言葉で妹である星のことを思った。

彼女は今病気で家にいる。

ハロウィンを楽しみにしていた。

なるべく早く帰って、彼女にたくさんお菓子をあげなければいけない。

そう思いながら、必死にあたりを駆ける。

周りには知らない人がいっぱいいる。

全員仮面をつけているせいで、一層不気味に見える。

途中でお腹が空いたので、飴を一つ食べた。

そしてしばらくして、路地の隅で蹲る彼女を見つけた。

「泉ちゃん!どうしたの?泉ちゃん!?」

「ヅ…月ちゃん…来ちゃだめ…」

振り返った泉をみて、月は全身が冷えていくのを感じた。

顔はいつもの泉だ。

声もいつもの泉だ。

だが、だが、だが…。

「泉ちゃん!?どこが悪いの?救急車呼ぼうか?」

「………」

泉は黙ったまま答えない。頬を伝う水は、雨か、それともー

月は泉を軽く抱きしめた。

わずかな沈黙の後ー

「…月ちゃん…ありがと…」

という言葉が、彼女の口から放たれた。

ズルリと帽子が泉の頭からずり落ちる。

「泉ちゃん!?いzー」

月は、あまりの衝撃に何も言えなくなった。

彼女の体が全身絞られるように、ぎゅっとなったからだ。

顔は異常に細長くなって、原型をとどめていない。

「……………」

彼女は、頬にべっとりついた血を拭うこともせず、ただそこに呆然と座っていた。

彼女の服は真っ赤に染まった。泉の足元にあった黒猫の死体も、真っ赤に染まった。

彼女のカゴに入っていたたった一つの飴も、真っ赤に染まった。

月は呆然としたまま、目を逸らして遠くを見ようと後ろを振り向いた。

だが、後ろにあんなにいた人は、もう誰もいなかった。

ただ濃い血の匂いが漂い、あたりに大量の仮面が散乱する中、彼女は座っていた。

思考がドロドロとなにか別の物になっていくのを感じながら。


10/31日夕方。布団から一人の女子が飛び起きた。

月である。

両手を見つめる。まだ薄れないあの日の景色を鮮明に夢に見たからか、吐きそうになる。

彼女は黙って部屋の外に出た。

「…おはよう、お姉ちゃん。」

妹の星があいさつしてくれるが、何も言う気にならない。

「また見ちゃったの?あの夢…。」

といいつつ、星はコーヒーを淹れてくれた。

それを受け取り、一気に飲む。

吐き気は治った。

その時、ピンポンという呼び鈴が鳴った。

月はフラフラと外に出て行き、ドアの開く音とほぼ同時に「トリックオアトリート!」という元気な声が室内に入ってくる。

星はそんな姉を横目にスマホを見る。

ネットのトップニュースは、この日は毎年変わらない。

「12年前、C地区で起こった大量変死事件、通称「ハロウィン血の泉事件」について、政府は、この事件の原因が付近の研究施設から脱走した新型病原菌の影響だったことを踏まえて、研究に対する新たな安全基準の策定を進めていますー。

このウイルスは主に動物との接触、および空気感染によって感染します。

特に人が密集していると、一気に感染が拡大する可能性があり、注意が必要です。

ただし、数千人に一人、このウイルスに対抗する抗体を所持しているとのことです。

いまだにC地区は消毒のため閉鎖されており、付近には絶対近づかないようにしてください。」

玄関ではカゴから溢れそうなお菓子を持ち帽子をすっぽり被った子供たちが笑っていた。

やがてドアは閉まり、死者に取り残された姉妹だけの静かな息が聞こえるのみとなった。

星は泉の顔をもう覚えていない。

(どんな人だったんだろう…。)

苦いコーヒーを飲み、彼女はそう思いを馳せる。









トリックオアトリート。

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