As that day (あの日のまま)
パソコンの画面のアウトルックのスケジュールを見ながら、支店長は自分のスケジュールがいかに埋まっているかを力説していた。
よくもまあ、ゴルフに会食とスケジュールが埋まるもんだと博史は思っていた。
また、経理の伝票を切るのは仕事だから仕方はないのだが、いったいこれのどこが仕事なのだろう。
クラブの領収書が、経費で落ちるのが不思議た。
まっ会社組織とは、そういうものだと理解しておけばいい。
月曜日の憂鬱な時間も終わった。
teamsのメモ機能に会議内容を放り込んで、パソコンの蓋を閉じた。
デスクに戻ると、メモの付箋紙が、置かれていた。
覚えのない携帯番号と、名前が書かれていた。
折り返しの電話メモだ。
社給の携帯で、電話をかけた。
すぐに電話はつながった。
博史は、社名と自分の名前を名乗った。
「白木 博史さんですか」
と声からして、若い女性の声が響いた。
「はい、そうです。どのようなご用件ですか。」
しばらくの沈黙のあと
「母の、いえ 竹田 真姫の娘の奈央と申します。お会いして、お渡ししたいものがあるのですが、お時間ございますか。」
と一気に言葉か吐き出された。
どこかとげのある言い方だ。
懐かしい響きだ。
真姫の言い方に似ていた。
怒ると、早口になるタイプだ。
「はい、わかりました。何時にしましょうか。お時間は合わせます。」
と博史はゆっくりと返事した。
奈央は、時間と場所を言ってきた。
博史は、指定された場所の名前を聞いて戸惑いを覚えた。
およそ、普通待ち合わせをする場所ではなかった。
「わかりました。それではお伺いします。」
といって電話を切った。
それから、博史は決済箱の中身を整理したり、となりの庶務2年目の部下の男性の遅れががちな仕事を手伝ったりした。
彼は、とてもいい人間なのだか、自己肯定が低く、回りくどい仕事のやり方で、残業が多いため管理職の間でも問題になっていた。
しかし、彼は誠実な人間であり、まじめであることは、上司である博史はよくわかっていた。
ときどき、支店長が人件費の件でぐちぐちといって、彼をやり玉にあげるが、それはそれだ。
どんな人間でも、親にとっては宝息子で、家庭では良き夫、父親である。
使えない人間とか、つまらない人間なんて存在しない。
自分こそつまらない人間だと博史は、思っていた。
もう、あと4年で定年だ。
定年後は、嘱託で働く以外に予定は決まっていない。
もっとも、妻や子供の家族がいるわけでもない。
両親もなく、正真正銘の天涯孤独の身だ。
会社でいい人ぶるのは、やめている。
上を見れば、きりがない。
神経をすり減らして、愛想笑いを浮かべるのは精神的にきつい。
だったら、好きに生きたらいいと思う。
仕事は、生きるためにするもの、賃金は労働の対価であるべきだ。
博史は、キーボードを打ちながら、隣で何度も同じ書類を印刷している彼を見守っていた。
就業のポップアップが画面に出た。
博史は、パソコンの電源を落とすと、係みんなに
「特に何もなければ、今日はみんな早く帰ってくださいね、森さん、帰れる」
と博史はとなり男性社員へ声をかけた。
机の上は、まだ書類が散らばったままだ。
「はい」
と森は言ったが、一週間前に指示した仕事のレポートが出でいない、今日が期限日だがまだ提出されていない。
博史は、プリントアウトした書類を森に渡して
「概要は、これだからあすの午前中に確認して、稟議にだしてください」
指示した。
ほんとは、いけないのだが、どうせ支店長から唐突に朝から"あれはどうなっている"と言われるのがおちだ。
森は、申し訳なさそうにして、パソコンの電源を落としていた。
博史が会社を出ると、むっとした熱気がまとわりついた。
ネクタイを緩めて、ワイシャツの袖をまくり、手を挙げてタクシーを止めた。
行先を告げると、運転手は一瞬、えっとなっていたが、歓楽街までのワンメータではないてので納得しているようだった。
タクシーは夕方の混雑した幹線道路をさけて脇道を走っていた。
坂の上の住宅がの道路を抜けると目的地だつた。
博史は料金を払うとタクシーを降りた。
駐車場には、1台BMW330Iだろうか、銀色の車体が止まっていた。
エンジンがかがっていて、V63000のシルキーシックスと呼ばれる独独のサウンドが聞こえた。
ドアが開いて、背の高い女性が降りてきた。
「白木さんですか」
と事務的な声が聞こえた。
「はい、そうです。竹田 奈央さんですか。 功の娘さん?」
「そうです。こんな場所に呼び出してすみません。」
奈央は軽く頭を下げた。
博史は、奈央の元へ近づいた。
背は170cm以上あり、髪は肩口でそろえられていた。
体つきは、功に似ていた。
うりざね顔にきりっとした多眉がそろえられて 大きなとび色の瞳は、真姫に似ていた。
真姫の母親の何代か前の父方が、イギリス人のハーフだといっていたのでその影響下もしれない
目鼻立ちは整っていて、はっとするような美人ではないがスタイルはモデル並みで勝気そうな気配がした
「父から、これをここで渡すようにと頼まれました。」
奈央は、白い洋封筒を差し出した。
博史は、封筒を受け取ると、封がされていなていなかってので、開けると、立て爪で留めの指輪
がでてきた。
「母の遺品です」
訝しがる博史に奈央は
「父から、渡せばわかるといっていました。」
事務的に言い
「それは、母が大切にしていたものです。・・・なんなんですか、それ」
とたずねてきた。
「おもちゃの指輪だよ。石はガラス玉だ」
と博史は懐かしそうに言った。
「縁日の露店で買ったやつだよ。君のお母さんにせがまれて」
博史は、懐かしそうに指輪を掌で転がした。
台座は、メッキの鉄だ、デザインも粗雑で、とても装飾としてつけれるものではない。
だだ、子供の小遣いでもあの時は高かった。
"これ 買って"
と真姫が言っていた。
"喧嘩したバツ"
と言っていた。
その時は、ほんの些細なことで喧嘩して1か月も口をきいていなかった。
心配したのか、功が博史と真姫を誘って、祭りに行ったのだ。
高校3年の夏だった。
もちろん、真姫の指に会うサイスではなかった。
適当にこれと言って、照れくさくて買ったからだ。
「まだ 持ってたんだ」
「母とは、付き合ってたんですか」
と奈央が聞いてきた。
博史は少し考えて
「いや、功と真姫と俺は幼馴染だよ。付き合ってはいなかったよ」
とほかしていった。
「そうですか、両親からも、あなたのことは聞いたことがありませんて゜した。突然、父があなたの名前をだして、封筒をわたしてこいというものですら、何かと思って・・・」
「ごめんね、この指輪は、罰ゲームで君のお母さんに無理やり買わされたんだよ。だから、サイズもあっていない、ぶかぶかだったはずだよ」
と博史はいいながら、ぶかぶかのこの指輪を左の薬指にはめて、はしゃいでいた真姫を思い出していた。
「そうですね、ただ、たて爪だし石が大きかったから、それにお母さん大事にしてたから」
「ははは、功なら それくらいのダイヤ余裕で買えるぞ、それにそのBMW 功から買ってもらったんだろ
違うな 大事な娘だか ベンツでも買いそうだ」
「そうなんですよ、最初は車屋に行ってベンツを見せられたんですか、なんかごつくて、BMWにしました。」
と奈央は笑いながら言った。
笑い顔がどことなく、真姫に似ていた。
「あと どうして ここの展望所なんですか」
と奈央は、父親にこの場所を指定された理由を知りたがった。
「ああ それね。それは 功が免許とってから、3人で初めてドライブに来たところだからだよ」
と博史はいった。半分は本当で半分は嘘だ。
生暖かい風が急に吹いてきて、雨が降りそうだった
「家まで送りす」
という、奈央に博史は
「すこし、ここにいたいから、心配しないで、まだ バスもあるから」
指輪を握り締めていった。
奈央は何かを察したのか
「じゅあ 私はこれで 今日は来ていただいてありがとうございます。母も喜んでいると思います」
といって車に乗り込んだ
イカリングがライトが点灯して、ASFの確認のためライトが上下した。
フロントグラス越しに奈央が頭を下げた
博史は軽く手を振った。
遠くなるテールランプを見送って博史は、手の中の指輪を眺めた。
雨が降ってきた。
展望所の三角のターフみたいな屋根の下に博史は避難した。
博史は自分の唇に指輪を近づけた。
懐かして思い出が、この場所で、あの柱の下で、初めて真姫とキスをした。
お互い照れて、ずっと手をつないで星を眺めていたのに・・・
絡めた指に、サイズの合っていない指輪がはめられていて・・・
そんな 青くさい シーンなのに とても幸せで
出会えたでけで、 一緒にいるだけで
なのに もう 会えないなんて
博史は、涙をこらえるために 上を向いた。
初めてキスの後、上目づかいで笑っている 真姫は あの日のままだった。