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母と子  ―2―

 うつむく村人たちにジルは冷たい視線をやる。傍から見れば子供相手に大人が寄ってたかって情けないと、映るかもしれない。だが、相手は魔女なのである。普通の人間が束になってもかないもしない。それだけの力を秘めているのだ。

 村人たちにはジルが魔女であることをリオルは明かしてはいないようだが、その内在する力には村人たちも肌で感じているようであった。

「ここは・・・」

 力なく声はベルの口からもれた。

 目の前がかすむ。ぼんやりと聞こえる声が自分の娘のものだと理解はできるが、自分が置かれている状況について把握するまではいたらなかなかった。

「おはよう。といってもあれから丸一日経って、もうこんばんはなのだけれど」

 ベルの目の前に立って、ジルは小首をかしげて見せる。

「ジルちゃ、グッ!」

 ジルがベルの腹を持っていた杖で突く。

「馴れ馴れしく呼ぶな。ベルロゼッタ。立場をわきまえるがいい。私のことはジルルキンハイドラと呼べ」

 せき込み。ジルの表情をしかと見ようとするのだが、見えない。

「・・・何を言っているの?・・・ジルちゃんは・・・ジルちゃんでしょ?」

 今度はベルの頬を杖で張る。

 ベルの口の端からは血がつうっと流れる。地面に血交じりの唾を吐き、しっかりと目を見開く。そして、しっかりと見えないジルの顔を見た。

「説明・・・しなさい。・・・ジルちゃん」

 今度はベルの頭に向かって杖が振り下ろされる。だが、それをリオルが受け止めた。

 訝しげにジルはリオルを見る。

「しつけねばならんと思うが? ちゃんと立場の違いというものを教えておかないと、この後の交渉に響くであろう?」

 リオルは首を振る。

「ここは僕に任せてくれないか? 君には君なりのやり方があり、そこにはちゃんとした理由があるのかもしれないが、これは僕たち自身の問題であり、僕が先頭に立つことだと思うから」

 ジルは少し考えた風にして、首を縦に振った。

「そうだな。私はただ手を貸すためにここにいる。ここより先村の皆がどうなるのか。その運命をその双肩に負っているのだったな。貴殿は。よかろう。任せよう」

 リオルはコクリと頷いた。そして、ベルと向き合った。ベルの眼光に背筋が凍る。

 自分たちがしていることを考えれば、その怒りは当然だなと、リオルは息を吐く。

「君に一つお願いがある」

「・・・お願い?・・・少し言葉を間違えているのではないかしら?」

 まあ、そうなるな。

「何から説明したらよいだろうか。そうだな。まずは僕たちが置かれている状況から説明したほうがいいだろうか」

 まずはこれを見てほしいと、リオルは服の袖をまくった。リオルの腕には黒い文字のような模様があった。

「神から授かった恵だったかしら? 自分の死期がわかるという・・・」

「ああ、そう呼んでいたね。今では呪いだと皆で言っているよ」

「皆?」

 リオルがそこに集まった村人たちに促すと、村人たちは皆袖をまくってベルへと見せた。

 村人達の腕には一様にリオルと同じ文様が描かれている。

「この村に生まれるものは皆この呪いを受け継いで生まれる。この文様は本来誰かに見せるようなものではないのだ。他人に死期を悟られることが必ずしも良いことにはつながらないからね。それに見せてはならない掟もあった」

 リオルは自分の腕とベルを見比べ、力なく笑った。

「それがたとえ親しい間柄だとしてもね。ただ例外として、死期が迫った時は見せてもよいというものがある。相続やら生前にやっておきたいことなど、死を前に思い残すことがないようにね。そして、死期を迎えたものは石となって、永遠の眠りにつく。それがこの村の呪いさ。ここまで言えば分るだろうか? 僕にも死期は迫っている」

 いや、それだけじゃない、とリオルは頭を振った。

「この村の皆が同じ日に死ぬとこの文様が示しているのだ」

「いざ死を目の前にして怖くなったと? そして、この私にどうにかしろって言っているわけね?」

「そうなるな」

「それで、私が協力すると思っているの?」

「ベルロゼッタ。お前は断れないさ」

 ジルがそう言って、杖で指した先には眠っている赤子のティナの姿があった。

「断れば、殺す」

「ジルちゃん。言っていい冗談といけない冗談とがあるのよ」

 ベルは束縛している縄を切り裂こうと風を起こそうとするが、何も起こらなかった。

「無駄だ。力は使えまい」

 ジルが冷たく言い放つ。

「昨晩の食事に力を封じる薬品を混ぜておいたから。なかなか調合はうまくいったようだ」

「西にあるトリアノという国の軍が迫ってきているという情報がある」

「おそらくはこの村が戦火に巻き込まれ、無くなってしまうのだろう」

「運命の日まで一週間。その日を迎えるまでトリアノの軍がこの村にくるのを防ぐ策がほしい」

 リオルはベルに対し、深く頭を下げた。

 様子のおかしい我が子、何か裏があるのだろうが、そこまでは想像できなかった。適当なことを言って、時間を稼ぎ、力が戻るのを待つか。一週間と言っていた。その間にジルとティナを救うチャンスがあるかもしれない。ジルの作った薬の効力がどれほどかわからないが、コルベルを使い、素材を集めさせて解毒薬など作ればよい。

 ベルはそんなことを思いながら、口の中の傷を舐めていた。

 だが、もしジルに適当なことを言っていると看破されでもしたら、ベルの立場は急速に悪くなる。ベルがジルを溺愛しているからとは関係なく、ベルはジルを聡い子だと評価している。おそらく提示した策が本当に有用なのか、ジルには即座にわかるであろう。だからこそベルにはジル自身がリオルに献策しない理由が分からなかった。

 ベルを巻き込むことにこそ意味がある。だが、その意味をベルは見いだせなかった。

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