母と子 ―1―
「ん、んん」
小さな呻きとともに、ベルのまぶたが開かれる。全身を襲う倦怠感。手足に食い込む縄の感覚。耳障りな人々の声。
許されるなら、あと5分まどろみの中で過ごしたい。
「沈まれ」
カツーンとジルが手にしていた木の棒が地面をたたく。その声音はさしても大きくないが、威圧的な呪が込められているようにも感じられた。
手にしている木の棒、目深に被ったフード姿、ジルの姿はさながら胡散臭い魔術師風であった。
ジルの隣にはリオル、そして張り付けにされたベルの姿があった。
「この期に及んでお前たちは手段を選ぶのか?」
ジルの前には村の人々が集まっているらしく、ジルの声はその者達に向けて発せられているようだった。
「しかし、相手は魔女だ。我らの命運を託すような真似をできるものか。信頼が・・・できぬ」
「信に値するかどうかという問題ではない。要は結果がどうかという話なのだろう? このまま手をこまねいて死を待つか。それとも抗い何か手を打つかを選べと言っている」
「だが、本当に我らのために力を貸してくれようか?」
「そのための人質だ」
「では、何故『運命の日』を超えた後でも人質を取ってはならないのか?」
「いつまでも赤子が赤子であるというわけではあるまい。育てば、力も知恵もつく。それをお前たちが御しきれるとも思えん。赤子を殺し、策を弄するならば、それはすぐさま聡い魔女に露見し、こんな村など一瞬に跡形もなくなるだろう。麻薬か何かで赤子を無力化しようと思えば、またそれも同じ末路をたどるであろう。だからこそ、契約なのだ」
「しかし・・・」
ジルの言葉に村人たちは煮え切らぬといった様子だった。
「なぜ魔人を崇拝することはできて、魔女を崇拝することができぬのか、それこそ疑問ではあるが。どうしてもできぬというのであれば、魔女には早々に立ち去ってもらい。『運命の日』とやらが来るまで、穏やかに暮らすがよい。別に私はそれで一向に構わん」