ようこそ。私の村へ ―2―
「お誕生日おめでとう!」
紙屑がベルの髪にまとわりついていた。
ベルの目の前には、細く煙をはくクラッカーを持つ笑顔のジルの姿があった。
目を丸くするベルの背後では、リオルが笑いをこらえているようであった。
「たん・・・じょう・・・び?」
「違ったの?リオルさんに今日はお母さんの誕生日だって教えてもらったんだけど?」
自分がいつ生まれたのかなど気にもしたこともない。
だが、いつだったか。
リオルとともに祝ったことがあったか。
そんな記憶が頭をもたげた。
「そう・・・かもしれない」
「おめでとう」
もう一度ジルは満面の笑みをたたえ、母親を祝った。
どれだけ心配したのか目の前の我が子に伝えたかった。
抱きしめたい衝動に駆られ、そして、何よりも動きそうになった指を自制できたことに安堵した。
部屋の奥の方で小さなティナがすやすやと眠っていた。
毛布をかぶり、気持ちよさそうな寝顔である。
「でもね。ジルちゃん・・・どれだけママが心配したか・・・」
優しく諭すように語りかけるベル。
何かを言いたそうだったジルだが、素直に頭を下げた。
「ごめんね。お母さん・・・もう二度とこんなことしないから」
「分かってくれれば・・・いいのよ・・・」
ベルは膝をつき、ジルをきつく抱きしめる。
柔らかい頬にキスをし、五感すべてでジルの存在を確かめていた。
ふと、鼻孔をくすぐるいい匂いがした。
テーブルの上にはひよこ豆をつぶし、刻んだ玉ねぎとニンニクを混ぜ合わせて、揚げ焼きしたもの。
小麦粉を水で練り、粒状にして蒸す。
蒸した粒状のものに種を抜いたトマトとマヨネーズであえたサラダ。
子羊のシチュー。
キャベツとチーズをミルフィーユ状にし、叩きのばした肉に包んで、焼いたもの。
そして、拳だいの大きさのパンがバターとともに添えられていた。
どの料理も香辛料が多く使われているようであった。
硝煙のにおいが鼻から離れていくにつれ、おいしそうな匂いがはっきりとしていくのである。
並んでいる料理を見つめポカンとするベルに、ジルは自慢そうに微笑んだ。
「どう? すごいでしょ? リオルさんに習って作ったんだよ!」
ベルは実の娘を見て、目をぱちくりと信じられないといった様子だ。
それは後ろから後をつけていたティナとナージャも同じようで、訝しんでいた。
「主よ。ジルルキンハイドラ様はあんなにも料理できるお方でしたでしょうか?」
「さー? ジル姉のところへ行った時は大体ウサギ鍋だし、あんなに手の込んだ料理なんて見たことないわね。でも、物ぐさなジル姉のことだから、実はできるけど面倒だからやらないなんてことは十分あり得るわね」
「あー」と妙に納得してしまうナージャであった。
「作るのに時間かかったけど、リオルさんに時間稼ぎしてもらって何とか間に合ったんだよ」
ベルがリオルを見てやると、リオルは肩をすくめて見せた。
「別に彼女の指示に従っただけで、大したことはしていないよ」
「コルベルにも事前に盗賊さんたちのこと教えておいたから、うまく誘導できたみたい」
満足げに微笑むジル。
それに対し、ベルの胸の中はもやもやしたものがぬぐいきれなかった。
まるですべてジルの掌の上で踊らされているようで。
さえない表情のベルの袖を「ねえ、お母さん。早く」とジルが引く。
そして、主賓を席へと誘うのである。
それぞれが席に着き、ベルが食事を口に運ぶのを注視した。
スプーンでシチューをひとすくい。
「・・・おいしいわ」
ぼんやりした眼が少し開き、そう漏らした。
ジルは喜々として、これもこれもと他の料理も勧めてくる。
それをがつがつと胃袋に収めていくのである。
「んぐ・・・こんなにおいしいのなら、毎日でも食べれるわ」
「えへへ、よかったぁ」
そう言って、ジルはシチューをがっつくベルの胸元にナプキンをつける。
むせるベルに水を差しだす。
「相変わらずおいしそうに食べるね。ベルは」
「リオル・・・あなた間違ってるわ。おいしそうではなく、おいしいのよ・・・なんたってジルちゃんの作った料理なんだから」
じと目でにらむベルに対し、リオルは苦笑する。
実はジルが作った料理ではないと知ったらどんな顔をするだろうか。そんなことを想像してみるが、口には出さない。
やがて、ガシャンと大きな音を立ててベルは料理の並ぶテーブルに突っ伏した。ベルからは静かな寝息が聞こえる。
「ほんと変わらないね」
「そうでもないわ。今回はちゃんと寝ているもの」
「それはどういう・・・」
「いつもは寝てないもの。半覚醒とでもいうべきかしら? いつでも起きられる状態にしているのよ。今私たちがしている話もいつもなら聞いているはず。でも、今回は違うわ。ちゃんとした睡眠。この人は本当に寝ないから、かなり久しぶりの睡眠ということになるわね」
「あ、ああ。そうなのか」
リオルのばつの悪そうな表情をジルは鼻で笑った。
「その表情は寝ている間に何かしたか、何か言ってしまったって口かしら?」
「あはは」
「まあ、そんなことはどうでもいいわ」
ジルはベルの口元の汚れを指で拭い、乱れた髪を整えた。
「今はよい夢を。おやすみなさい。ベルロゼッタ」




