気の向くまま、風の向くまま ―1―
「ひどい有様ね♪」
「ええ、まったく」
喜々として、つぶやくティナにナージャは噛みしめるようにうなずいた。
ティナたちのいるその場所は数刻前までは、竜巻が起きていた現場であり、その数刻前には、山賊の砦がデデーンとたっていたのである。
今や、木っ端と男たちの呻きが響き渡る惨状である。
だが、驚くべきことにそこには死人がいなかった。
それ故、呻きは普通の自然災害よりもさらに大きいものとなっていた。
「どこへ・・・やったの」
「ずみばせん。本当にしらだいんです。許してください」
「どこへ・・・連れて行ったのと・・・聞いている」
ガラの悪い大男が泣きながら、華奢な女に許しを乞いていた。
その様子を眠たそうな眼で女は見ていた。
そして、「私の娘を・・・どこへ連れて行ったの」同じ質問を繰り返すのである。
女の肌は透き通るように白く。
一糸まとわぬ姿ならば、妖精や精霊の類と思われたに違いない。
まあ、実際魔女なのだから、あまり変わらないのかもしれない。
それに露出狂はティナだけで十分である。
さて、山賊の砦がデデーンとそびえたっていた数刻前に、時をさかのぼろう。
それはティナが崖下より帰還した時あたり。
やっとこさ、崖から戻ってきたのに、もう花園にはジルたちの姿はなかった。
当然ティナは不満たらたらである。
「どこ行ったのよ」
「さあ?」
「さあ?って」
「そういえば、男が一人ジル様と話しておりましたな」
「男?もしかして・・・それって、ジル姉の昔の男」
二人は顔を見合わせた。
そして、「ない」「わね」「ですな」とハモった。
そこにジルがいれば、顔を真っ赤にして「なんでよー!」と怒っているはずだ。
だが、しかし、ここに肝心のジルの姿はなかった。
その代わりに「あら、何か落ちてるわね」
ティナがひょいと取り上げたのは、紙切れである。
「なになに・・・『娘は預かった』・・・これって!」
「誘拐のようですな」
二人はもう一度顔を見合わせた。
そして、「ない」「わね」「ですな」とハモった。
「もし本当に誘拐されたのだとしたら、誘拐犯の方を憐れむわ」
「我もそう思います」
それから「ですが」と続けた。
「我らが知るはここより未来のジル様のはず。もし昔のジル様がか弱く・・・」
「ないない」とティナ即答。
「やはりですか」
本人いないところでひどい言われようである。
「そうね。もし考えられるとしたら、あの虫が言ってたじゃない?これはゲームだって」
羽の生えた小さな人型は、ティナによって『虫』と命名された。
「そうでありましたか?我には記憶にありませんが。それでそれがどうかしたのでありますか?」
「これは失踪したジル姉を見つけ出すゲーム。そうに違いないわ」
どうしてそういう結論になったのかと、ナージャは深く考えた。
深く考えた結果、深く考えるのはやめようという結論に達した。
「なんか虫がヒントがどうとか言ってたみたいだけど、天才の私にはそんなものは不要。こんなくだらない茶番早々にクリアして見せるわ。ホー、ホッホッホー」
ティナの高笑いが響く中、ナージャはどこに天才がいるのだろうと辺りを見回してみたが、どこにも見当たらなかった。
残念である。
いろいろと。
しかし、天才は見つからなかったが、一つ発見したことがあった。
それは意外とティナは人の話を聞いているということであった。
(おそらくは今までの我の進言、苦言も主の耳に届いているのだろう。そのうえで・・・)
踏みにじられていた。
厄介ごとに巻き込まれてきた。
ナージャはなんだか悲しいというか、虚しい気持ちになってしまった。
世の中気づかなければよかったことなど結構あるものである。
「あら?何かしら?」
あるのだが、ティナは何かに気付いてしまっていた。
ティナの元へとぼとぼと歩いてくる女の姿があった。
「犯人は必ず現場にまた現れる。何かの本で読んだことがあるわ」
「あの女が犯人であると?」
「間違いないわ!」
女は眠たそうな眼であたりをきょろきょろとしている。
「ジルー、ティナー。どこ行ったのー」
「呼ばれているようですが、主よ」
「そ、そうね。あっ、もしかして・・・ママ?」
「主よ・・・自分の母君もわからないのですか?あまつ犯人扱い・・・」
「仕方ないじゃない!私が小さい時に死んじゃって、顔も覚えてないんだから」
「そうでありますか。で、どういたします?」
「どうって?何が?」
「あちらには我らの姿は見えぬようでありますし、ジルルキンハイドラ様失踪の手がかりであるその紙は主の手にあります。主の母君はどうするおつもりで?」
「そ、そんなの簡単よ。この紙をひらひらとなびかせて、まるで風に運ばれてきたように・・・」
あたりに風は吹いてない。
無風である。
しかも、ティナの手の動きは微妙で、おおよそ風で紙が飛んでいるようには思えなかった。
例えるなら、貧乏揺すりする新手の妖怪である。
(ダメだ。このバカ)
しかし、ティナの母親、ベルロゼッタは何の疑いもなくティナの持つ紙を手に取ろうとしていた。
そして、自分のスカートの裾を踏み、ぐしゃりと地に伏した。
しばらくベルの体は動かなくなったが、ドロのついた顔とともにゆっくりと起き上った。
「・・・痛い」
「ごめん!ママ!」
(ダメだ。このバカ親子)
顔をぐしぐしと拭いながら、ベルはようやくティナの手にしていた紙にありつくことができた。
そして、むさぼるように凝視した。
穴が開くほど見つめたとしても『娘を預かった』の文字は変わることはない。
それでも見つめてしまうのは、その内容がベルにとって衝撃であったからにほかない。
その衝撃にベルの眠たそうな眼も見開かれ・・・てはいないが、うろんなその瞳の奥できっとパニックに陥ってるのだろう。
「・・・大変だわ」
おもむろにベルは指をくわえ、ヒューと音を鳴らした。
すると遠くからかすかな羽ばたきとともに、蒼いフクロウが現れ、近くの木にとまった。
「コルベル、これを」
そう言って、ベルはフクロウに向かって紙を見せる。
コルベルと呼ばれたフクロウは識字できるようで、コクリと紙を見てうなずいた。
「東方、山一つ越えたところ、山賊の砦、あり」
「そこにいるの?ジルも、ティナも」
「一つ、可能性。故、網広げ、座する、善」
そうコルベルが言の葉を紡いで、すぐさま、その端を巻き込んでベルを中心に風が渦巻いた。
黒ひげ危機一発よろしく、ベルの姿はあっという間に空へ消え、間を一つ置いて、山向こうで竜巻が起きていた。