落とし穴は落ちなきゃ、ただの穴 ―6―
「とりあえずはいらっしゃいかな?」
「ん?ここは?」
目を覚ましたティナの目に飛び込んできたのは、鮮やかな緑だった。
続いて森の土と木々の香り、それと潮の香りがした。
海に面した崖があり、その崖の上に少し開けた場所があった。
花に埋めつくされた場所。
そして、大切な宝物を守るようにその花畑を囲んで、森が続く。
「君たちで何人目だろうね。ふふふ。まぁ、そんなことはいいや。それじゃあ、ルールの説明といこうか。まずだね・・・」
キャッキャとはしゃぐ子供の声が聞こえた。
声がするのは花畑の中央。
「そんな、あれは・・・」
驚きの声を漏らすティナ。
その子供たちはティナのよく知る人物。
「ほら、ティナ。花飾りできたよ」
「あばー」
「ちょ、ちょっと。食べたらダメだってば~」
ジルと幼い姿のティナであった。
「何、これ?幻覚?」
「ふふふ、驚いるようだね。でも、驚かないって言うのも無理もない話か。と言うか、君たち僕の話聞いてる?せっかく説明してあげてると、ぐべっ!」
「うるさいわね。邪魔よ」
ティナは目の前を飛び回る羽の生えた人型のものを弾き落とした。
落ちたところが丁度ティナの足元だったので、ついでに踏みつけ、蹴り飛ばした。
ついでなので、ティナには悪気のかけらなどない。
悪いのはティナの足元に転がってきたことである。
「主よ。ここは一体?」
「石が光ったと思ったら、気がついたらここにいたわ」
ナージャが遅れて、うつろな意識と共に問いかけをする。
「見覚えがある場所。でも、あるはずのものがないし、いるはずのない人がいる。こちらには気づいていないようだけど、見えないのかしら?幻覚にしては余りにも現実味があるわ」
ナージャのことなど目もくれず、ティナはずっとジル達を注視している。
また厄介事に巻き込まれたのかと、ナージャは嘆息する。
「いやはや獄炎の魔女といえど、分からぬこともあるものなのですな」
落胆は皮肉となって口に出てきた。
これに対し、ティナは高笑いで返した。
「私に分からないことなんてある訳ないじゃない」
「では、この状況はなんなのです?」
「知らないわ!」
無駄にでかい脂肪の塊を揺らし、ティナは胸を張る。
ああ、話するだけ疲れるとナージャはもう一つ嘆息し、口をつぐんだ。
「君達!なんて真似をするんだ!この僕に対して!この世界のマスターたる僕に対して!この報いかなら、ぐべっ!」
息を吹き返した羽の生えた小さい人型がティナに当然講義する。
これを素早く捕まえ、ティナは握りつぶした。
「何?あなたが原因なの?早く元に戻しなさいよ」
「ぐるじぃぃぃ」
泡をふき、痙攣する羽の生えた小さな人型。
「主よ。手を離さなければ、死んでしまいます。元に戻る手掛かりが失われてしまうのでは?」
「そう?」
ナージャの諫言にティナが手を緩める。
すかさず羽の生えた小さな人型はピューっと飛んで行き、ティナたちと距離をとった。
荒い息を整える。
そして、羽の生えた小さな人型は叫んだ。
「てめぇら!ばーか!ばーか!ばーか!ば、ぐはっ!」
ティナの煉獄の瞳が煌めき、羽の生えた小さな人型は炎に包まれ、墜落した。
ティナが手加減したのか、火はすぐに消え、ひょろひょろとまた羽の生えた小さな人型が浮上してくる。
見るも無残な格好である。
「この僕はこの世界のマスターなんだ。この僕を殺しちゃったら、お前らずっとこの過去の世界で閉じ込められたまんまなんだからな。ずっとずっと回し車のネズミみたいにぐるぐる回るんだからな。このゲームクリアなんて、お前らずっと出来ない。いつもはみんなにヒントあげたりしてるけど、お前らにはやんねぇ。ずっとずっと苦しんでろ。あははは、ざまぁみろ」
「過去の世界?」
ティナの意識はまた花畑の中央へと向かう。
こちらが見えているようではないが、怪訝そうな表情のジルと視線があった。
そう、過去の世界、とティナの口が動く。
少し毛色の違うジル姉、幼く可愛い自分、それらがひとつの単語でつながり、ティナを納得させた。
思考は間断となって現れる。
その隙に羽の生えた小さな人型は逃げようとしていた。
「ちょっと!待ちなさい!」
ティナが気づいたときには、もうその姿は消えてなくなりそうになっており、慌ててその姿を追う。
そして、
「きゃーーーーーーー」
崖の下へと落ちていった。
ナージャはまた息を吐き、幸せが逃げていくのであった。