落とし穴は落ちなきゃ、ただの穴 ―3―
「ところで話は変わるけど、メルフォキア、少し聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「はい。私に答えられることでしたら、なんなりと」
「この石のことなのだけど・・・」
そう言って、ティナが取り出したのは天元石と呼ばれる石であった。
その石は金に瑠璃を混ぜたような石であり、ティナが一人前の魔女になるために必要な物の一つであった。
先だってティナがある男から報酬として受け取った物である。
まずは満足とティナの心の泉を満たしていた水もつかの間、どうにもその泉の底には浴槽の排水溝の栓でもあったらしく、一日中に水は枯れ果ててしまった。
その日からティナの夢見が悪くなってしまったのだという。
当初は天元石を報酬に出した依頼主の彼、アトレイアの印象が悪く、そのせいで気分を害し、夢にまで影響したかとも思った。
だが、悪い夢があまりに続きすぎる。
いたずらにアトレイアが天元石に何か呪でもかけたか。
それともティナが知らないだけで天元石そのものが何か夢見を悪くするような効果を持っているのだろうか。
「そう、例えば人の過去を覗き見られるとか?」
そうティナが思うのには根拠があった。
ティナが見る悪夢には共通点があったのだ。
それは夢の内容がティナの過去の出来事であるということ。
そして、それは最近のことであることもあったし、ティナがはるか昔に忘れ去ってしまったような出来事であったりした。
それは人によればたとえ夢であっても、巻き戻せないはずの時の針を戻せる幸福なものであろう。
だが、ティナにとっては違った。
ティナの過去はティナにとって苦痛だったようだ。
しかし、あくまでも夢の中の話、気にしなければ問題などない。
ティナにもそのことは分かってはいるのだが。
「どうかしら?何かわかる?」
ティナの問いかけにメルフォキアは腕組みをし、顎を撫でていた。
「・・・申し訳ありません。やはりその辺はウルリカロナエルザ様にお聞きしなければ、確かなことは・・・」
深々と頭を下げるメルフォキアに対し、ティナは「そう」とだけ漏らした。
「まあ、いいわ。どうせウルばあちゃんのとこに行くのだから、その時にまた聞くわ」
「本当に申し訳ありません。ですが、その天元石については少し噂を耳にしたことがございます」
「へえ。どんな?」
「ティナエルジカ様はベネキアという国をご存知でしょか?その国にアトレイアという軍人がおりまして、その者が天元石を所有していたという情報があったのです」
「へ、へぇ。そんな情報があったんだー。それなら天元石を見つけるのも早かったのにねー。ねー、ナージャ」
「そうで。ありますなー」
少しどもりながら、ティナはナージャに同意を求めた。
ナージャは遠い目をして一昨日の方を眺めている。
「そして、そのアトレイアという者は敗戦の責任を問われ、投獄されたとか。実際はなにやら違う理由で投獄されたようです。確か敗戦の折、王族に血を連ねる将軍が死んだ事にそのアトレイアが関わっていたのではということでありましたか。ですが、そのアトレイアという者が将軍を殺したという確たる証拠もなかったようで、八つ当たりに近い形の投獄だったのかもしれません」
「ああ、それはだな・・・」
「おや?ナージャ様は何かご存知なので?」
「フッ、知っているも何も、ぐはっ!!?」
言葉は途切れ、ナージャは悶絶していた。
その原因は、口封じのためにティナの放った拳がナージャの脇腹をえぐったためである。
そして、ティナは「それよりも!」と話の流れをぶった切った。
「天元石はどうかしたのかしら?」
「申し訳ありません。人間の話など今はどうでもよいことでした。ただその証言に魔女の加担という文言があり、気になって私、聞き耳を立てていたのです。そして、そのアトレイアというものが断頭台送りになったその日、現れたのです」
「へえ、誰が?」
(いや、まだ『何が』とは言っておらんだろ。『誰が』とか言ってる時点で隠す気ないだろ、この馬鹿者が。これでは我の殴られ損)
ナージャはワクワクした顔のティナを呪った。
もちろん呪いの効果はない。