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落とし穴は落ちなきゃ、ただの穴  ―2―

「どうしたの?何か変なものでも拾い食いしたのかしら?」

「・・・すみませぬ」

 慌ててティナに追いつく。

 ナージャは口では謝罪しながらも、あんただけには言われたくないと思ってしまう。

 実際奇行と言えば、ティナの十八番である。

 例えば、路銀が尽きて、何か金になる依頼を斡旋してもらったとする。

 ティナは必ずと言っていいほど、依頼人と初対面出会う時、特殊な状況下で行う。

 まずティナは高い所に登る。

 そして、高笑いする。

 何事かと驚く依頼人の前に颯爽とダイブ。

 顔面から。

 ザクリと地面に刺さったヒクヒクと痙攣するティナに依頼人達は呆然とする他ない。

 それから依頼人達がようやく目の前の出来事が夢ではないと理解し始めた頃、ティナは何事もなかったように悠然と立ち上がるのである。

 そして、不敵な笑みを浮かべながらこう言い放つのである。

『あなたの依頼受けてあげてもいいわよ』

 大体この時点で九割方『もうその件は解決したので・・・』と依頼を断られる。

 このティナの奇行についてナージャは『昇っていく煙をかき集めても、煙たいだけ。ならば、行先など追わず雲にでも何にでもなれば良い。いや、落ちてこないだけ煙のほうがマシであるか』と同じく魔女のペットであるトットルッチェに愚痴っていた。

 これに対し、トットルッチェの反応は『へー、大変そうだねー』といった愛想のないものであった。

 だが、ナージャは(この柳のような対応こそが、魔女との付き合い方の極意かもしれぬ)とアクビする怠惰の塊のような同じネコ科の動物に感心していた。

 真っ当な精神では魔女とは付き合いきれないのだ。

 異質、異様、異常であることこそが、常であり、普通なのである。

 だが、今回のティナの反応は『普通』であったろうか?

 いや、明らかにおかしい。

(なればこそ、その異常さのバランスが崩れたため、天秤を並行に保たれるような働きがあったのではないか。そして、顔をびにょーんと伸ばすなどという愚行を犯したのだ)とナージャは自己弁護の糸口を見出す。

 これによりナージャの自尊心は無事守られ、『我は何も悪くない』の決が採択された。

 ようやくナージャの心の平穏が訪れた時、ティナの足が止まった。

 第二の試練か?

 次はどのような試練がと身構えるナージャ。

「どうかしたの?」

「いえ、何も・・・」とナージャが答えようとした時、目の前に一匹のウサギが岩の影から姿を現した。

 ウサギの毛並みは金色。

 名をメルフォキアと言う。

「ご機嫌麗しく。ティナエルジカ様もナージャ様も御壮健そうで何より」

「ウルばあちゃんから何か伝言でも?」

 どうやら『どうかしたの?』の問いかけはナージャではなく、メルフォキアにされたものだったらしい。

 なにやら自意識過剰な感じになり、気恥しさを口笛でも吹いてごまかしたいものではある。

 だが、それはそれで目立つ。

 ナージャは何事もなかったのだよと静かに身を一歩引き、ティナとメルフォキアの会話に耳を傾けるのである。

「いえ、大したことではないのでございます。ちょうど付近におりましたところ、ティナエルジカ様とナージャ様の会話が聞こえてきたもので、ついででございます」

 そう言ってメルフォキアはよく聞こえそうな長い耳を毛繕いする。

「ウルリカロナエルザ様より再三ベルロゼッタ様の命日には戻られるのかと、聞いてまいるよう・・・」

「全くウルばあちゃんも心配症ね。今も向かっていると道中なんだから。前も言った通り私はママに会いに行くわよ。ジル姉は・・・分からないわ。一応今回も伝えはしたけどね」

「そうでありますか。ジルルキンハイドラ様はやはり今年も来られませんか」

「さあ?私はジル姉じゃないし、そこんところは分からないわ。気がむいたら来るんじゃない?というか私に聞くより、その長い耳でジル姉の様子でも探ったらいいんじゃない?」

 ぽむとメルフォキアは手槌を打つ。

「その手がございました。では・・・」

 メルフォキアはピンっと耳を伸ばし、ジルのいる森の方へ耳を向けた。

「・・・どう?」

「・・・寝息が聞こえます」

 呆れた溜息がティナから落ちた。

「昼寝ね。まあ、ジル姉らしいと言えば、らしいけど」

「どうやら諦めたほうが良さそうでございますね」

「そうね。大丈夫、ウルばあちゃんの機嫌取りなら私がするから」

「助かります。これでティナエルジカ様もお戻りにならないとなると血の雨を見ることになりましょうから。いつでしたかティナエルジカ様のお戻りが遅れた時『世界中の生きとし生けるもの、すべて俺が根絶やしにしてやるぜ!!』などとおっしゃられたこともございましたね」

「ふふ。ホントウルばあちゃんって大げさなんだから」

 楽しそうに笑うメルフォキアとティナ。

 ナージャは(魔女、怖ぇ)と二人の存在を遠く感じるのであった。

「それにしても・・・」

 とメルフォキアは腕を組んだ。

「毎年私が腕を振るって、取って置きの人参フルコース料理を作ってお待ちしておりますのに、誠に残念でございます」

(いや、それがあるから来ないのではないのか)とナージャは静かに静かに心中で突っ込むのである。


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