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魔女ジルルキンハイドラへの返却

深い森の奥に一人の魔女が住んでいた。

魔女の名は、ジルルキンハイドラ。

その姿は幼女の姿をしているが、数百年の歳月を生き、その知識は海よりも深く、ありとあらゆる妙薬の知識をもっていた。

そして、遠くを見渡せる千里眼をもち、彼女の知らないことなどこの世にはないとさえいわれている。

俗世を嫌い、一匹のペットと暮らしている。

ペットの名はトットルッチェ。

人語を解する稀有な黒いライオンである。

ある日のことである。

一人の客人が、彼女の元へ訪れた。


「いらっしゃい」

「お邪魔してます」

「あれ?ジルは?」

「ジルルキンハイドラ様なら先程、地下へ下りられたまま戻ってこられませんが」

「ふーん。そうなんだ」

そう言って席について大人しくジルの帰りを待つ客人を放って、トットルッチェは台所をあさりに行った。

「あったよ~」

程なく階下からジルののん気な声が聞こえた。

「これでいいと思うんだけど」

ジルは頭に乗せた分厚い本をテーブルの上に置くと、パラパラと開いた。

そして、あるページで指を止めた。

「確かにこれですね」

「うん。多分ね」

そのページには客人の手にしていた宝石と同じものがデッサンされていた。

「助かりました。さすがにこの時代の物は資料も無くて、困っていたのです。もしやここならばあるかもしれないと、危険を冒して、ジルルキンハイドラ様の元を訪れた甲斐がありました。これで真贋を証明できます」

「そっか~。良かったね~」

「そこでものは相談なのですが、この本をお貸し願えないでしょうか?」

「やだ」

客人の提案に即答するジル。

「そこを何とか」

「やだやだやだ~」

本を抱え、頭をぶんぶん振るジルに、客人は粘り強く交渉した。

長い長い交渉の末、客人はジルから本を借りることに成功し、帰っていった。


「何だったのさっきの人。あの本が欲しかったの?」

「ん~?何かあの人、物を鑑定するお仕事の人みたいで、あの人の住む国で、王様があの人に試練を出したんだって『その方、鑑定士として高名と聞く。しからば、この宝石の真贋、見極めてみせよ。もし出来るのならば、褒美は望みのままに取らせてやろう』『かしこまりました』とこんな感じに」

「よっ、大根役者」

「・・・何?トットルッチェは大根食べたいの?」

「そんな訳ないじゃん。何処の世界に大根食べるライオンなんているのさ、って、何でジル手に大根持ってるの?」

「知らなかったなぁ。トットルッチェ大根が大好物なんだ。私野菜嫌いだから気付いてあげられなくて、ごめんね。さあ、遠慮せず食べてね。まだ土のついた新鮮な大根だよ~」

「ちょっと待って、ジル。少し怖いよ。とりあえず落ち着いて話し合おうよ。ふぎゃ、ふぉごーーー!」


数日後、客人はジルの元へ本を返しに来た。

「残念でした。ジルは今いないよ」

「そうですか。では、謝礼と本はこちらにおいておくとしましょう」

そう言って、客人は本と金貨の入った革袋をテーブルの上に置いた。

「どう、うまくいった?」

立ち去ろうとする客人にトットルッチェが結果を聞く。

客人はにこやかに笑い、トットルッチェに首を縦に振った。

「そう。だったらもうこれからは悠々自適の生活だね」

「いいえ。生活は今までとあまり変わりませんね。褒美はもらっていませんから。いや、もらったとも言えるかな」

「ん?それってどういう事?」

「そうですね」と客人は空を見つめ考え込む。

「トットルッチェ様は口が堅い方ですか?」

「いや。めっちゃ軽い」

「そうですか。それではトットルッチェ様にはお話しできませんね。では、ここからは私の独り言です」

そう言うと、客人は踵を返し、テーブルに近づいた。

本の上にあった革袋をどけ、本の表紙を撫でた。

「あの後、私は彼の宝石の真贋を見定めることに成功しました。そして、褒美を取らせると言う王に私はこういったのです。『褒美はいりません。ですが、この城に私が前々から鑑定してみたいものがありまして、そのものの真贋を見定めさせていただいてもよろしいでしょうか?』と」

「ふむふむ。なるほどー」

分かっているのか、分かっていないのか、分からない相槌をトットルッチェは打つ。

「で、何を鑑定させてもらったの?」

「それはですね」と客人は含み笑いをする。

「いえ、この先はジルルキンハイドラ様からお聞きした方がよさそうですね」

「えー、何で言ってくれないのさー」

「真実と推測ではその言葉の重みもまた変わってきましょう」

「さっぱりわかんない」

不満を漏らすトットルッチェにひらひらと手を振って、客人は去っていった。


「ただいま」

「おかえり」

「あっ、ジョルジーリョ!お帰り!会えなくてさみしかったよ~」

「何それ?もしかして本の名前?」

「うん」

「今つけたでしょ」

「バレたか~」

「それよりさ、その本貸してた人が王様に鑑定させてもらったものって何なの?」

「へ?ああ、あれね。それは王様よ」

「はい?王様?」

「あの国では数十年前に革命を起こそうとクーデターが起きたのよ。でも、そのクーデターは失敗。大分小さな火種で終わったわ。もし革命が本当に起きていたらもっと多くの血が流れていたでしょうね。けれど、実はクーデターは成功していた。トットルッチェ、王政において普通一番の権力者は誰?」

「王様?」

「そう、それさえすげ変えれば、国は変われる」

「え?そんなことできるの?だって周りのみんな気付くじゃん」

「それができているから不思議だったのでしょうね。あの人も。だから確かめたくなった」

「え?!待って。だったらさっきの人命狙われるんじゃ。そんな真実ばらされる訳にはいかないじゃん」

「んー?その辺は大丈夫みたい。命を狙われているような様子もないし、今は質素で、つつましやかに暮らしているみたい。もしかしたら私を説得した時みたいに王様達をも垂らし込んだのかしら?」

「へー。本当に褒美貰わなかったんだ。普通なら王様をそのネタで強請って、地位とか金銭を要求すると思うけど。何がしたかったのだろうね。あの人。本当に確かめるだけが目的だったのかな?」

「さあね?でも、そうね。考えられるとしたら・・・本でも書くんじゃない?この本みたいに、後で真贋が分かるように」

そして、ジルはその客人が書く本が完成するのを遠くから見守るのであった。


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