魔女ティナエルジカと呪われた村
各地を神出鬼没に現れる一人の魔女がいた。
魔女の名は、ティナエルジカ。
その姿は妖艶な女の姿をしているが、数百年の歳月を生き、その美しき相貌に煉獄の瞳を持ち、炎を操る獄炎の魔女と恐れられていた。
そして、彼女は落とし穴を見れば落ちずにはいられない性である(本人に落ちる意思はないのだが)。
きっとその胸に栄養を取られて、脳みそがスカスカなのだとは彼女のペットの言である。
ペットの名はナージャ。
人語を解する稀有な紅い豹ある。
ある日のことである。
ティナエルジカは憤慨していた。
「全く、何であんな誰も通らない様な所に落とし穴が掘ってあるのよ。信じられない!何の意味があってあんな穴・・・」
「全くですな」
そう言って、ナージャはその誰も落ちないはずの落とし穴にちゃっかり落ちるティナの殊勝さに感心していた。
もはや呆れは通り越して、一つの才能なのではないかとさえナージャは思ってしまう。
「見えました。あの村でしょうか?」
目の前には一つの村が見えた。
石柱に囲まれた小さな村だ。
「見つかると良いですな。何といいましたか、あの・・・」
「天元石ね。まあ、期待はしてないわ。そんなに簡単に見つかるものでもないしね」
そう言ったティナの脳裏に不快な男が浮かんだ。
慌ててティナは頭を振り、浮かんだ映像を消そうとする。
思い出したくも無い。
世に恐れられる獄炎の魔女にそう思わせる男は、遠く離れた場所からティナにため息と倦怠感を与えるのだった。
「その石にむやみに触れるな!」
精神的ダメージによろめいた体を支えようと石柱に手を伸ばした瞬間、そう言葉が投げられた。
ティナ達が振り返ると、そこには初老の男がいた。
ティナの手が石柱から遠ざかるのを確認すると、男の顔は険しいものからにこやかなものに変わる。
「失礼。突然大きな声を上げて、すまない。だが、その石は村にとって大切な石なのだ。どうか旅の方、気を悪くしないで欲しい」
「この村に変わった石があると聞いて来たの。貴方天元石って言う石知らない?」
「天元石?・・・申し訳ないが、知らない。恐らく変わった石というのは、その目の前の石の事だとは思う」
挨拶も謝罪も無くティナは用件だけを言う。
不遜な態度だが、いつものことである。
むしろこの村人らしき男の方がおかしかった。
おそらくは話している相手があの獄炎の魔女だと言う事は分かっているようだが、怯えた様子が無い。
いつもならティナの姿を認めると、怯えて逃げていくのが常である。
「どうやらハズレの様ですな。いかがなさいますか?主よ」
「もしよろしければ旅の方、お食事などご一緒にいかがですか?」
ティナは石とナージャと男を見比べる。
左手を腰に、右人差し指を唇に当てて考えた。
「ええ、そうね。どうせだから頂こうかしら。この石の事も聞いてみたいし。」
ティナは男に答える。
そして、ティナ達は男に連れられて村の中へと向かっていくのであった。
「違和感を感じない?」
「違和感ですか?」
「そう。この石柱。まるでこの村を守るように立っている。けど、所々に隙間があって。これから何かが入る様な。配置に意味がある?それとも石によって出来る影に意味がある?もしくはその風化度合い?きっと何かあるわ」
「はあ。そうなのですか・・・また面倒なことに首を突っ込みたがる」
「何か言った?」
「いえ。何も」
男は一人暮らしの様で、家の中に入っても誰も出てきはしなかった。
もしいてもティナが怖くて出てこられないだけかもしれないが。
そして、男は馴れた手つきで料理を始め、ティナ達はガレット、そば粉でできたクレープの様なものを馳走になった。
ガレットの上にはチーズとキノコとハムがトッピングしてあり、そこそこおいしかった。
「で、石の秘密教えてもらっても良いかしら?」
そう言って、ティナは食後のワインを口元へ運ぼうとする男の手を止めた。
カタリとグラスを置くと、男は袖をまくる。
「これが何か分かりますか?」
「呪い。かしら?」
男の腕には黒い文字の様なものがあった。
「呪い、ですか。確かにそう取れなくもないですね。我々はこれを神から授かった恵みだと言っています」
男は袖を直し、ワインをあおる。
「これはですね。生まれた時はもっと腕全体に広がっていたのです。それが歳を取るにつれてだんだんと消えていくようになる。そして、最後には全て消えて、消えた人間は石になる。村の外にあった石柱は皆かつてこの村で暮らしていた村人なのです。この印は生命の刻限を教えてくれる神からの授かりものなのです。今を精一杯生きろとそう諭してくれているのです」
男は服の柄から先程の印を服の上から愛おしそうに撫でた。
「私の印であと三年と言ったところです。あと三年経ってしまえば私の体は石になってしまいます。ですが、その三年間は死の影におびえる必要はないのです」
「だから、主を見ても怯えなかったのですな。今日この場で殺されることは無い。故に怯える必要も無いと」
「ええ」
ナージャは一つの疑問に関して、合点がいく。
「へえ、そうなの。じゃあ、半分死んでみる?」
ティナの冗談に男は初めて顔を引きつらせる。
特にティナに悪気はない。
そして、続ける。
「あのさ、もしその呪いが解けると言ったら貴方達はどうするのかしら?」
「え?!そんな事が出来るのですか?」
男は声を失い、代わりにナージャが驚きの声を上げた。
「まさか?出来ないわよ。そんな事。例えばの話」
否定されて、男は一息つく。
乱れた心を静め、想像してみる。
「そうですか・・・例えばの話ですか・・・」
男は遠い目をして、心の傷をなぞる。
ゆっくりと男は考える。
そして、「どうしましょうか?」と質問返しをして、力なく笑った。
当然ティナが答えるはずも無かった。
「一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何?」
「もしかしたら主は、本当は彼らの呪いを解く事が出来たのではありませんか?」
「それは買いかぶり過ぎよ、ナージャ。もし出来るとしたらウルばあちゃんね。呪いの種類にもよるでしょうけど、あの手の世代を経る呪いはだんだん薄くして消すことができると思うわ」
「そうなのですか?」
「ええ。でも、何でそんなこと知りたいの?もしかして自分が呪いかかった時を想像したとか?」
「いえ、そのような・・・」
「で、ナージャならどうするのかしら?さっきの村にあったような呪いにかかったら?」
「とりあえず馬鹿な主とはとっととおさらばして、自由気ままに余命を全うするでしょうな」
この後、ナージャが火だるまになったのは言うまでも無い。