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魔女ジルルキンハイドラへの手紙

深い森の奥に一人の魔女が住んでいた。

魔女の名は、ジルルキンハイドラ。

その姿は幼女の姿をしているが、数百年の歳月を生き、その知識は海よりも深く、ありとあらゆる妙薬の知識をもっていた。

そして、遠くを見渡せる千里眼をもち、彼女の知らないことなどこの世にはないとさえいわれている。

俗世を嫌い、一匹のペットと暮らしている。

ペットの名はトットルッチェ。

人語を解する稀有な黒いライオンである。

ある日のことである。

ジルルキンハイドラの妹、ティナエルジカが彼女の元を訪れた。


「ふぉが、ふぉぐががん。んんん~ん」

「あのさ、ジル姉。食べるかしゃべるか、どっちかにしてくれない?」

そう言われて、ジルは少し迷い、食べる方を選んだ。

口の中の食材をよく咀嚼し、お茶を飲む。

そして、空になった口の中にまたパンをひとかけ放り込むのである。

おそらく食事が終るまで会話は期待できないのだろうなと、ティナは諦め、自分でお茶を用意して席に着いた。

「で、今日は何のようなの?」

ようやく食事が終り、ジルはそう切り返す。

「ああ、ただの郵便よ。ウルばあちゃんから。はい、これ」

「ふ~ん」

ティナは手紙を取り出し、ジルに手渡す。

ジルが封を切り、手紙を読んでいるとトットルッチェが興味を示した。

「ねえ、ジル。なんて書いてあるの?」

「ん?ああ、母さんの命日だから帰って来いって『やっほー☆ジルたん元気?ばあちゃん、ジルたんに会えなくてさみしくて死にそう(泣)早くジルたんの柔っこいほっぺにチュッチュしたいよぉ。ああん、想像しただけでもばあちゃん悶えちゃう♡♡愛する愛するジルたんへ、何処かの言葉で目の中に入れても痛くないって言葉があったけど、云々・・・追伸、ウルリカロナエルザ様がベルロゼッタ様の命日なので帰って来るようにとのことです。(メルフォキア)』大体こんな感じ」

「・・・何、その手紙?」

「だから、帰って来いっていう・・・なんか変?」

「いや、まあ、いいんだけどね」

げんなりして去っていくトットルッチェを不思議そうに見送るティナとジル。

「それで、どうするの?ママの命日帰ってくるの?」

「う~ん。どうしようかな、今回も止めておこうかな?自分で言うのもなんだけど、さすがにこの歳で猫可愛がりされるのはちょっと抵抗があるっていうか」

「そんなの犬かなんかがじゃれてきていると思えばいいのよ」

「さすがにそれはウルばあちゃんに失礼じゃない?」

「そう?」

ティナに悪びれた様子はない。

「まあ、いいわ。ジル姉の好きにすればいいし。じゃあ、私は渡すもの渡したし、これで退散するわ」

そして、ジルはティナが去った後、じっと手紙を見つめるのだった。


「あのさ、ジル。怒らないで聞いて欲しんだけど」

「ん?何?」

「ジルって母親居たんだね」

「・・・トットルッチェ。それどういう意味?私だって母親ぐらいいるわよ。正確にはいただけど・・・」

「いや、ジルってどっかからわいて出てきたのだろうなーって思ってたから」

「トットルッチェ~!!!」


次の日、その日はいつも通り特に客人など無く、ジルはいつも通り本を読んでいた。

「は~、面白かった~」

本を読み終えたジルの顔は満足そうな笑みを浮かべていた。

「あのさ、ジルっていつも『面白かった~』って言うよね」

「へ?そんな事無いわよ。面白くないものはちゃんと面白くないっていうよ」

「そうじゃなくって、他に何か感想ないのってこと」

「そりゃ、あるわよ・・・」と意気込むジルの後の言葉が続かない。

「おいしいものをおいしい!楽しいものを楽しい!面白いものを面白い!って言って何が悪いの!!」

「いや、別に悪くないけど」

「なら、いいでしょ!」

「確かに別にいいんだけどさ。なんかさぁ、ジルってさ、たくさん本を読んでるけど、読んだ感想がそれだけじゃ読まれる本も報われない気がするなぁって思っただけ」

「そ、そんな事無いわよ~。本だってきっと満足してるわよ~。『私はジルルキンハイドラ様に読まれて幸せです。きっと私はジルルキンハイドラ様に読まれるために生まれたのです。これ以上の幸福などありません』ね?ほらね?」

「ふーん」

裏声を使って本に声を当てるジルにトットルッチェは冷たい視線を送る。

「コホン。確かに面白かった、にもいろいろ種類があるわ。でも、実は私の『面白かった~』にもさまざまなバリエーションがあるの。トットルッチェには残念ながらどれも一緒に聞こえるみたいだけど」

「へー、そうなんだ。僕そんなこと分からなかったよー。へー、すごいすごい」

どうやらトットルッチェの興味はもう失せたらしく、そう言って去っていった。

残されたジル、そして一人暴れるのであった。


「ジル、今晩もウサギ鍋でいいよね?」

「うん。何でもいいよ~。何でも~」

「そっか。じゃあ、正体不明の変な生き物鍋でもいいよね?」

「うん。責任もってトットルッチェが全部食べるからそれでもいいよ~」

「僕頑張ってウサギ獲ってくるよ。うん」

「行ってらっしゃ~い」

森は平和な時を刻むのだった。


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