魔女ウルリカロナエルザへの嘆願
ある辺境の地に一人の魔女がいた。
魔女の名はウルリカロナエルザ。
光の聖女と崇められる美しい女性である。
彼女は俗世を嫌い、一匹のペットと暮らしている。
ペットの名はメルフォキア。
人語を解する稀有な金色のウサギである。
ある日のことである。
彼女の元に一人の村人がやって来た。
「すみません。光の聖女様はいらっしゃいますでしょうか?」
そう言って村人は洞窟の奥にある魔女の居住まいを訪れた。
出迎えたのはメルフォキア。
「いらっしゃいませ。ウルリカロナエルザ様への御用の方ですね。どうぞこちらへ」
メルフォキアの後に続き奥へと足を運ぶ村人であったが、その体は震え、足もおぼつかないようであった。
そして、ゼンマイが切れたように村人の動きが止まった。
「ああん?何だ、てめぇ。俺に何か用か?」
村人の目の前には三白眼で睨みつける女性がいた。
皮の靴とズボン、胸についた大きな脂肪を押さえ込むようにさらしが巻かれ、その上から男もののコートを肩に羽織っている。
肩まで伸びたウェーブのついた銀髪。
その上にドクロマークをあしらった海賊帽が乗っている。
光の聖女、ウルリカロナエルザ、その人である。
「実は私は数日前にこちらで霊薬をいただいたものでして・・・」
「霊薬?・・・ああ、メルフォキアの人参か」
「おお、あの時の人参LOVEの方ですね。覚えています。覚えていますとも。それでお味の方はいかがでしたか?」
「はあ、実はその事でご相談が・・・申し訳ないのですが、もう一度あの霊薬を分けてはいただけませんか?」
「はあ!?てめぇ!前の分の金も払わねぇで何言ってやがる!」
ウルはそう言って腰に差していた刀を抜き、目の前にあった机に突き刺す。
村人は小さく悲鳴を上げ、腰が抜けたようでその場にへたり込む。
その顔は泣きだしそうで情けないものとなっていた。
「それが、その、領主さまから突然追加の徴税の御達しがあり、それで、払いたくとも払えない状況で。それに霊薬も領主さまに徴収されてしまう始末」
「それは許せぬ所業でありますね。人の風上にも置けない。人参LOVEの方から人参を取り上げるなんて。天に唾を吐くような愚かな所業です」
「代金は後ほど必ず持って参りますので、どうぞ霊薬をお分けいただけないでしょうか?」
それから村人は涙ながらに何故霊薬が必要なのかを語り、嘆願するが、ウルは興味無く酒をあおっていた。
ガタリと酒瓶が机を叩き、村人の言葉を断つ。
「俺はな。返ってくる当ての無いものに期待するほど馬鹿じゃない」
「そんな!?それでは・・・」
「メルフォキア、こいつに人参を用意してやれ」
「かしこまりました。ウルリカロナエルザ様」
呆然とする村人を後目にウルは立ち上がり外へと向かう。
「ウルリカロナエルザ様、一体何処へ?」
「無いならある所から頂けばいい」
そう言ってウルは悪そうに笑むのである。
「ウルリカロナエルザ様、こちらが領主の居城にてございます。それにしてもこのような所に来て一体何をされるおつもりなのですか?何か策でも御有りの様ですが」
「ん?ああ、策な。それはな・・・」
「貴様、一体何者だ?これより先領主様の、ぐわぁぁぁ!!」
「な、何をする?!ぐぉぉぉ!!」
「ウルリカロナエルザ様?!」
「大丈夫だ。気を失わせただけだ。メルフォキア。これが今回の策だ・・・正面突破、これで行くぞ」
「・・・無謀・・・しかし、人参は正義!一見愚策でありますが、人参の名の下では到仕方ありませんね。やりましょう!ウルリカロナエルザ様!」
「くっくっくっ、久々に血が騒ぐな」
「貴様、一体何者だ?!誰かおらぬか!誰か!」
突然の来訪者に領主は気が狂ったように声を荒げる。
「呼んだところで誰も来ねぇよ。皆のびて役に立ちやしねぇ」
「な、何まさか?!」
信じられないと領主は目をぱちくりさせる。
その瞬き一つの間に領主の顔の横にウルの刀の刀身を忍ばせた。
「なるほど。ウルリカロナエルザ様、領主より村人に霊薬を返していただくよう直談判するのですね」
「ウルリカロナエルザ?光の聖女か?!・・・おおお初にお目にかかります。聖女様。音に聞くその美しさ、この目に写す事が出来・・・」
「御託はいい」
首筋を刀身がなでた。
「ええ、はい。分かっておりますとも。村人に霊薬を返し、余剰に徴収した税を変換すればよいのですね。天災があり、治水を急がねばいけなかったのですが、そのために事を急き、幾分手段を選ばずにいました。申し訳ないです。すぐにでも手を討ちます故、お許しを。だ、だから命だけは御助けを」
上ずった声で領主は早口でまくしたてる。
「はっ、そんなの知るか。お前が必要だからかき集めたのだろが、そんなもの好きにすればいい。俺は俺の報酬を払えるようにしてくれればいいだけだ」
「で、ではいか様にすればよいでしょうか?」
「馬鹿か。何で俺がそんなことまで考えないといけないんだ。そんなものてめぇで考えろ。馬鹿が。空っぽの頭くりぬいてウサギ詰めるぞ、こらぁ」
「そ、そうですよね。聖女様のお手を煩わせる訳にはまいりませんです。はい」
領主の渇いた笑いが漏れ、「じゃあ、頼んだ」と言葉を残しウルはその場を後にした。
残されたのは腰の砕けた領主とメルフォキア。
「時に領主」
メルフォキアの声にびくりとする領主。
「な、何かまだ?!」
「これを見ていただきたい」
「・・・人参?」
「そう。このしなびた人参。この居城の地下に保管されていたものです。恐らくはすべて私が手塩にかけた人参達。あれほどの大量の人参、もしや領主は・・・」
ずずいとくりくりとした瞳で迫るメルフォキアの気迫に負け、たじろぐ領主。
「人参LOVE?」
「は、はあ?」
「なるほどなるほど。それならば納得です。世界中の人参を一人占めしたい。人参LOVERならば誰しもが抱く野望です。ですが、領主。このしなびた人参!これはいけない。そもそも人参とは・・・」
メルフォキアの演説は続く。
突然の天災に領主はなす術も無かった。
「・・・もう勘弁してくれ・・・」
「そう言えば、メルフォキア。お前この間ジルたんの所に行ったそうだな」
「ええ。かねてよりウルリカロナエルザ様より様子を見るよう仰せつかっておりましたので、ちょうど機がありました故、お伺いさせていただきました。ジルルキンハイドラ様においてはお変わりなく、元気そうにされておりました」
「そうか。で、ジルたんは俺の渡した人参は食べたのか?」
「はい。ウルリカロナエルザ様の仰せの通り、無理やりにでもジルルキンハイドラ様に私の人参を食べていただきました」
「そうか。食べたか。ならいい」
その後、領主はメルフォキアに数週間に及ぶ講座を受けることとなるのだった。