七章 「穴、決別、ジルルキンハイドラ」 -1-
ベネキアの陣営では疲弊した兵達が所構わず、腰をおろしていた。
敗北を喫し、皆がもうこれで戦はお終いだと思っている中「まだだ」と気勢を上げるものがいた。
「お願いでございます。将軍。この状況で再侵攻は無謀でございます」
付き従うアトレイアは将軍を必死で説得する。
しかし、将軍は頭をふる。
「まだ数の上では互角。何を躊躇することがあろうか。正義は我らにあり、この戦は何としても勝たねばならぬ。ここで勝たねば、この地の者はベネキアの恩恵を永らく受ける事は出来なくなる。今攻め落とせねば次はどれほど後になるか。今が好機なのだ!」
「しかし・・・」
「アトレイア少将、卿は平民出身であったな。だからこそ将軍の崇高なお考えが分からないのだ」
将軍に言いよる虫を追い払うようにダイナスが、アトレイアをたしなめる。
アトレイアが言い返したところで、生まれついてのものを今更変えようも無い。
アトレイアがどれほど実力があろうと、どれほどの地位を得ようと、平民の出だという事で軽く見られる。
「皆、辛いであろう。しかし、我が理想、ベネキアの理想のために皆の力が必要なのだ。ベネキアの血がこのまま軽んじられたままでよいものか?今こそ剣を掲げるときではないのか!」
その場にいた兵士達の視線は冷たい。
そもそも楽に終わる戦では無かったのか?
そんな事が頭をよぎるのである。
将軍の演説は続く。
「世界を一つにすれば争いは無くなるのか?いや、無くなりはしない。そこにベネキアの志が無くば、同じ事なのである。民族、人種を超えた同一意識。ベネキアは攻め取ったその地を支配するのではない。解放するのだ。争いの輪廻に巻き込まれた人々を解放するのだ。我には見える。未来の人々の笑顔が。この地の、世界中の、その笑顔を守らねばならん。だからこそ・・・」
ここにいるのは戦いを生業にしている者達だ。
戦えと言われれば、戦わずにはいられない。
しかし、口だけの行動力を伴わない指揮官について行く事にはやるせなさがあった。
誰彼無く、あのよく回る舌を引っこ抜いてやりたいと思う者もいただろう。
思うだけで何もできないと言うのもまた皮肉な話ではあるのだが。
とは言え、ここで感情に任せ、下手を打つのも愚ではある。
将軍はひとしきり演説を終え、満足したようにアトレイアとダイナスを引き連れて奥のテントへと消えていった。
うるさいハエが去り、また重い静寂が戻る。
嘆息の息を吐きながら、兵士達はゆるゆるとまた戦の準備を始めるのだった。
兵士達は、まだ戦うのか、そう思わずにはいられない。