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六章 「魔女の迷宮、戦、ジルルキンハイドラ」 -2-

「ベネット中尉!」

 ベネットは躊躇なく道を阻むワイトを切り捨て、紛れ込んでいたシュレミアの兵を片づけようとする。

 しかし、今度はワイト配下の部隊の者達に阻まれるのである。

「何の真似だ?」

「常軌を逸しています。ベネット中尉。まさか、本当に?」

「まるで私の方が裏切り者だと言いたそうだな、そんなに後ろから刺されたいのか?・・・どけ、二度は言わん」

 しかし、ベネットの前からは兵は引く様子は無い。

「全く、煩わしい」

 そう言い、ベネットは顔の火傷の後をなぞる。

「この状況も魔女とやらの仕業か。ふん、忌々しい」

 吐き捨てる様なセリフと共にベネットは剣を八双に構え、右足を引き、そこから剣を寝かし、切っ先を前に立ち塞がる者達へと向ける。

 剣撃の音と共に『ベネット反逆』の報はベネキアの軍だけならず、もちろんジルの元へも届いた。

「うまくいっているようですね」

「うん。そうだね」

 次々と入ってくる報告と共にジルは机上の迷宮の見取り図の上で策を練り、すぐに指令を出す。

 そのほとんどが策の成功を報告するものであったが、ジルの顔は晴れない。

 疲労の色、というよりは懸念がジルの顔を暗くしていた。

 そして、ついに耳にしたくない報がジルの元に来る。

「北の五の三の通路にて、傭兵部隊がベネキア軍と接触。苦戦している模様です」

(ベネキア軍は兵の質においてもシュレミアより上なのよね。困ったな~)

 傭兵部隊に援軍をやっても時間稼ぎにしかならない。

 けれども、そのまま侵入を許してしまってはいずれは手詰まりである。

「傭兵部隊、そのほかの部隊もいったん引いて、六の三まで。そこを最終防衛ラインに」

 その指令は局面が終盤に近付いていると言う事を示していた。

 そこを抜けられれば、あとは本陣だけである。

 ジルは暗くなっていく兵達に努めて明るく言い放つ。

「大丈夫よ~。私には奥の手がある!」

 兵士達にはそれがどんな手かも想像もつかない。

 故にその顔色も変わらない。

「でも、その奥の手は少し時間がかかるから、ちょっとの間我慢できますか?」

 我慢とは最終防衛ラインを守る事。

 そのために今ある戦力を全てそこに回すのだと兵達は理解した。

 兵士たちは無言に頷く。

 それを見てジルは二コリと微笑み「行ってきます」と言葉を残し本陣を後にする。

(トットルッチェは?・・・もう少しか・・・本陣が落ちるのが先か、トットルッチェが来るのが先か、それとも私がもろともに滅ぼすのが先か)

 思考すると歩みが自然遅くなる。

 ジルは頭をふり、ただ前を見た。

(今はただ次の一手のために)


「風が出てきましたね」

 魔女の迷宮には入らず、地上にいたアトレイアは呟く。

「嫌な風だ」

 自分の役目がないと落ち込んでいた軍旗もここぞとばかりにはためいている。

 左右に広がった布陣において軍旗はその風の流れのおかしさを示していた。

 左右流れる方向が違った。

 まるで渦を巻くような風の流れになっていた。

 空を見上げれば雲の流れは穏やかで、地上付近だけが風が強いことが分かる。

(明らかにおかしな風の流れ。何かあるかもしれないと用心するのが吉でしょうか・・・とは言え、何も思いつきませんね。この場において一発逆転の手など・・・いえ、ジルルキンハイドラ様なら有り得るのでしょうか?)

 見渡す限りの荒野。

 草木など数えるほどしかない。

 それを取り囲むような高さのある丘陵。

 空を流れる雲は白く、天変を呼べるものではない。

 アトレイアは周りを今一度見渡す。

(何か・・・そう、何かあるかもしれない)

 その不安を人に言えば、心配性だと一蹴されるかもしれない。

 しかし、アトレイアは思わずにはいられない。

 それは魔女の力の一端を知る者であるから。

 そして、アトレイアはその不安を叶えるものの姿を認めることとなる。

 右の小高い丘、そこに黒い影が現れた。

「あれは?!」

「お待たせ、ジル」

 アトレイアの目に留まったのは白銀の鎧をまとった黒き獣の姿。

 そして、その後ろに控えるルトワナ軍であった。

「まだ間に合ったのかな?じゃあ、狩りの始まりだ。一見しておいしそうなのがいなさそうなのが残念だけど。まあ、帰ったらまたウサギ鍋でもしようかな」

 戦後の献立を考えながら、トットルッチェは渦巻く風にたてがみを揺らす。

「じゃあ、行くよ」

 トットルッチェは牙をむき、ルトワナ兵達に笑む。

 それに応じ、ルトワナの兵達は頷く。

 そして、丘の上のトットルッチェは高々と吠え、百獣の王の威光を示す。

 その雄々しき声と共にルトワナ軍は一斉に、丘を駆け下り、ベネキア軍の側面をついた。

「側面からルトワナ軍です」

 アトレイアはすぐさま伝令を飛ばし、この事を全軍に伝える。

 そして、自身はすぐさま将軍の元に馳せ参じ、撤退を促す。

「何?!ルトワナは我らとの密約を破ったというのか?!」

 将軍の顔はさすがに冴えない。

「すぐさま撤退を」

「・・・ならん。まだ地下に潜った者が多くいる。その者を見捨ててなど」

(わがままを!)

 両の手ですくえる水の量は限られている。

 しかもそれは時間をおけばおくほど、隙間から流れていくのだ。

「では、私が指揮を執り、殿を務めます。一先ずは将軍は安全な場所へ!」

 何か言おうとしている将軍をアトレイアは部下に命じ、無理やりに連れさらう。

(それにしてもルトワナが動くとは!ジルルキンハイドラ様、一体どんな手を使ったのです?)

 山があり、そこからの奇襲を警戒していても、山自体が動くとは考えない。

 まさにアトレイアの心中は山が動くほどの動揺が走っていた。

「陣形を整えよ!落ち着いて事に当たれ!これは撤退戦である。むげに命を落とす事はならん!」

 その後、アトレイアは的確な用兵を駆使し、一時ルトワナ軍と互角を演じる。

 しかし、魔女の迷宮に潜入していた部隊と合流すると、迷いなく軍を引いた。

 とは言え、その損害が少ないとは言い難かった。

 ベネキア軍は多くの兵を失った。

 ベネキア軍の敗北である。

 その光景を遠くから見つめ、安堵の息を吐く者がいた。

 深緑の魔女、ジルルキンハイドラである。

 ジルは黒い液体の入った小瓶を胸に抱き、そっと目を閉じた。


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