六章 「魔女の迷宮、戦、ジルルキンハイドラ」 -1-
夜空を花火が彩った翌朝。
まだ太陽が昇りきらぬ朝から戦端は再び開かれた。
とは言え、それは一方的なものだった。
遠方から攻城兵器による砦の破壊。
それだけを行っていた。
砦からの反撃は無く、ベネキアの兵達は自分達を苦しめた砦が徐々に崩れ去っていくのをただ眺めていた。
無数に張り巡らされた罠を考慮して、破壊は徹底的に行われた。
太陽が天中にさしかかった頃、兵站の確保に散っていた兵達が帰ってくる。
食料が兵士達にいきわたり、ようやく攻城兵器が動きを止めた。
そして、ベネキアの兵達は武器を携え、瓦礫の中に潜むネズミ探しに向かうのである。
しかし、砦に入っても肝心のネズミは見つからなかった。
破壊しきれず、残っていた罠にかかって負傷者が出るだけであった。
そんな中、一人の兵があるものを発見する。
それは地下へ続く道。
既にここから逃げ去ったのか?
それとも蟻地獄の様にベネキアの兵達を待ちかまえているのだろうか?
自然下りられる兵の数は制限される。
自ら魔女の腹の中に飛び込むような行為ではあるが、勇猛果敢なベネキア兵は怖じる事無く地下の闇へと飛び込んでいく。
地下に降り立てばそこは魔女の迷宮。
直線的な道、三叉路と罠が仕掛けられた部屋が織りなすジルルキンハイドラ自慢の楽譜である。
しかし、そこには書き込まれていないものがある。
さて、断末魔のコーラスはどんな風にこの楽譜を彩っていくのであろうか?
ベネキアの一つの部隊がある部屋の間に達する。
「なんだ、これは?」
その部屋は白と黒、赤の三角形で構成された部屋。
何かあるやもしれないと言う恐怖に怖じる兵士達を後目に、部隊長は足を踏み込んでいく。
「こけおどしだ。恐るるに足らん」
その身を投じて、兵達を鼓舞する部隊長。
しかし、その言葉は次の一歩で消えてしまう。
部隊長の周りの三角形が突如、角度をつけ起き上がり、その口を開く。
トラバサミだ。
ごくりと息をのんだ。
前に進めという指揮官はいなくなったが、後ろの引けと言う者もいなかった。
足元を用心して進むしかない。
そう思い兵達は足元を遠くから確認しながらその部屋を抜けようとした。
カコンと床を叩くと、足元の三角形が起きあがった。
体は壁の方へ傾き、そこにも鋭い三角形が待っていた。
犠牲者が出るまでそこにどんな風な仕掛けがされているのか全く想像がつかない。
仲間の屍を越えて前に進むか、自らが屍となって贄となるか。
自然足は震え、手は緩慢になる。
引く事は出来ない。
しかし、前に進む事もまた出来なかった。
兵達にはさして大きくない部屋を抜けるのが、まるで千里をかけるように思えた。
部隊はそこで立ち往生することとなる。
このような仕掛けを用いた罠の部屋、そして薬品、毒を用いた罠の部屋も多くあった。
退路を仕掛けで塞ぎ、気化した薬品でのせん滅。
多くのベネキア兵達が苦しめられることとなる。
しかし、それでも無限に罠は存在するのではない。
進むべき道は徐々に明らかになっていく。
そんな折である。
『ベネキア軍にシュレミアの兵が紛れ込んでいる』と報が入ったのは。
そして、間を置かずして次の報が入る。
『ベネキア軍に魔女が偽情報を流し、かく乱している』
なるほど、敵を仲たがいさせる魂胆かと魔女の迷宮に入り込んでいた一人の将が呟く。
「ワイト准尉、また伝令が」
「なんだ?またか?」
「『ベネキア軍にシュレミアの兵が紛れ込んでいる』と」
ワイト准尉はどうしたものかと思案していると、また厄介な報が来る。
それも今度は傷を負った兵である。
「ベネット中尉が謀反を起こされました」
「ベネット中尉が?」
「仲間も次々とベネット中尉の手に掛かり・・・」
そこへ血相を変えたベネットが現れる。
「どうされたのですか?ベネット中尉」
「どけ、その者を始末する」
「何があったのです。とりあえず事情の説明を」
「事情も何もない。暗闇にまぎれて、ベネキア兵の格好をしたシュレミア兵に仲間をやられた。そいつはシュレミアの兵、ならば斬るのみ」
「お待ちください。今は情報が魔女によって錯綜し、混乱しております。この者がもし魔女の手の者なら捕らえ、ここの情報を知っていないか聞かなくてはいけません」
「そうやってそいつを逃がす気か?」
「何をおっしゃって・・・」
「どけと言っている。どかぬならお前も裏切り者として始末する!」