五章 「ルトワナ、会見、トットルッチェ」 -2-
「どうって言われてもなあ。正直どっちでもいいんだよねえ。援軍を送ってジルが戦争に勝っても、送れなくて負けても。僕としてはジルさえ助けられれば、他は何処の誰が死んでも関係ないよ。だから、援軍は駄目だったからこれからあの砦にすぐ戻って、連れ出せばいいだけの話でしょ」
ジルは納得しないだろうけど、とトットルッチェは付け加える。
王はトットルッチェの言葉に先程までの態度の意味を納得し、同時に言葉にならない恐怖を感じた。
「人間が開墾するのに森を焼く時、そこに棲む獣たちの事なんて考えないでしょ?散っていった命に何の感慨もわかない。僕にしてみたら戦争で死んでいく人間達もそれと同じなんだけど、ジルは違うんだよねえ。ジルはどちらかというと自分を人間よりの存在だと思っているから。僕らの様な獣の方が近いのに。まあ、でも、どっちでもいいんだけどね。そんなことも。僕がやらなきゃいけない事さえ分かっていればいいだけの話だから」
王はトットルッチェの言葉に耳を傾け、そして冴えない顔の宰相の方を見た。
「先程からずっと黙っておるままであるが、そなたの意見はどうなのだ?」
「私でありますか?私は・・・ジルルキンハイドラ様に大恩ある身。どうしてもジルルキンハイドラ様よりの発言になってしまします。それでも・・・」
「よい」と王は許しを与える。
それでは、と宰相は佇まいを正した。
「私は今回の援軍出すべきかと思います。確かにベネキアとは不可侵の密約があります。それを破る事は後々の外交問題になるでしょう。しかし、密約は所詮密約。そんなものは無かったと事が起こってからでは遅すぎます」
「ベネキアは約条を破ると?」
「すぐにそうすると言う事ではありません。十年後、何十年後に起こる事やもしれません」
「そんな先の話をしておるのか?気の長い話であるな」
「確かに。もしかしたら私も王もその頃には生きてはいないかもしれません。ですが、魔女は、ジルルキンハイドラ様は恐らく生きておいでです。どうでしょう、トットルッチェ様?」
「だろうねー。ジルの寿命は知らないけど、少なくともジルのおばあさんが生きているのだから。そのぐらいならまだ生きてるんじゃないかな?」
宰相は持論を確認しながら、話を進める。
「人には寿命があります。それはどんなにあがいても揺るがせないものであります。王がいかに賢王であろうと、それも生きている間。その後の治めるものが、賢しい者とは限りません」
「それは王族に連なる者への侮辱ではないか!」と他の臣下が叱責するが、話はつつがなく。
「ここはジルルキンハイドラ様に恩を売り、後世のこの国の繁栄を確固たるものにするべきかと」
「魔女は一国を支える事が出来るほどの力の持ち主なのか?それこそどんな窮地であっても?」
「ジルルキンハイドラ様の力を信じられないとなると私には何とも。そこは私のこれまでの働きを以て判断されればよろしいかと」
王はさすがに唸る。
そして、
「我がルトワナは魔女の援軍要請に応じ、リリィロッシュへと派兵する」
そう宣言した。
王は左手を掲げ、諌める声を止める。
「此度の派兵で、ベネキアと戦争になった場合は魔女の力を借りればよい。もちろん大国ベネキアの増長をここで押さえておきたい思惑もある。もちろんこのルトワナがベネキアとまともにやり合えば、シュレミアの二の舞であろう。だが、切れるカードが増えたのなら別の話だ。落とせるはずのゲルガー砦で散々煮え湯を食わされたのであれば、魔女の名もベネキアにとっても十分抑止力となる」
話を一区切り聞いて、トットルッチェが口を挟む。
「うーん?とりあえず援軍出してくれるってこと?」
「そうなるな。魔女の御使い」
「ふーん。まあ、どっちでもいいけど。たださっきも言った通り時間がないんだ。だから、今晩にでも出たいんだけど」
「それはならん。我が軍にも準備が必要だ。どんなに急いでも翌朝と言ったところであろう」
「そう。じゃあ、僕は先に向かっているよ。僕は馬より足が遅いからね。あとから来ても追いつくでしょ?」
「おそらくは追いつけるであろう。しかし、もし我がルトアナ軍がリリィロッシュに着いた時、既に決着がついておった時は、そのまま魔女追討の軍になる事も覚悟しておいてもらおう」
「うん。ジルもそのぐらいは覚悟していると思うよ。だから、その時は僕が夜の闇に混じって、頭蓋を噛み砕きに来る事も覚悟しておいてよね。僕の体は暗闇の中だと見えにくいから、気をつけておいて」
そして、王とトットルッチェは朗らかに笑いあった。