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五章 「ルトワナ、会見、トットルッチェ」 -1-

「止まれぇい!」

 門兵の槍の穂先がトットルッチェに向けられた。

「深緑の魔女、ジルルキンハイドラからの書状を預かっているんだけど?」

 魔女の名に門兵は動揺した様子もない。

「ここは王が住まう居城。何人もまかり通る事ならん」

「へえ、そうなんだ。まあ、入ってくるなって言うんだから仕方ないよね。諦め諦め」

 と潔くトットルッチェが立ち去ろうとすると、引きとめる声があった。

「お待ちください!」

 その声にトットルッチェは気にした様子も無かったが、門兵の方が反応する。

「宰相様?何故ここに?」

「城下で黒い獣を見たとの報を受け、まさかと思いましたが。やはりトットルッチェ様でありましたか」

 すたすたと近づく宰相に門兵が「危ないので、お止めください」と止めるが、逆に「無礼である。そのような態度改めろ」と叱られてしまう。

「どっかで会ったっけ?」

 素直に質問をするトットルッチェだが、宰相の方はいたくその言葉に感銘を受ける。

「何とお優しい言葉。浅慮にもジルルキンハイドラ様に知恵比べを申し出た私の愚行を許し、とぼけていただけるとは。ですが、無用な気遣いであります。私はあの一件があってから心を入れ替え、いえ、あの一件があったからこそ今この場所に立っていられるのです。感謝してもしきれない。それに私は素直に礼を失したことについては謝罪したいと思っております。とは言え、何分この私も忙しい身となりました故、ジルルキンハイドラ様の元に馳せ参じることができませんでした。ですが、今日はいい機会でございます。して、ジルルキンハイドラ様は今どこに?」

 宰相はきょろきょろとあたりを伺うが、当然ジルの姿はどこにもない。

(うーん。誰だっけ?覚えてないなー。まあ、どうでもいいか)

「ああ、ジルは今頃まだゲルガー砦ってところかな?」

「ゲルガー砦・・・それはまた何故でございますか?あそこは今ベネキアとシュレミアがいさかいあっていると言うのに」

「うん。知ってる。ジルがさ、その戦に首突っ込んでるんだよ。で、僕がここに書簡を届けに来た訳」

 そう言って、トットルッチェは前足で筒を突く。

「そうでありましたか」

「あのさ、ここの王様に会えないかな?」

「出来ぬ事はありませんが・・・では、少しお休みになられますか?その間に私が話をつけておきましょう」

「うん。頼むよ。あまり時間がないんだ」

 分かりました、速やかにと了承する宰相。

 そして、トットルッチェは客間に通された。

 柔らかな絨毯の上でトットルッチェは走り続けで疲れた体を休ませる。

 ゴロゴロと転がり、伸びを一つ。

 そうすると鋭い爪があらわになる。

(そう言えば、あんまり手入れしてなかったなー)

 部屋の中を見回すと調度良い具合の柱があった。

(いや、でも。こんな所でやるのはさすがにまずいよねー)

 しかし、一度に気になるとどんどん気になっていくものである。

(ちょっとぐらい・・・)

 明らかにすぐばれるだろ。

(でも、野生の本能がっていうか・・・)

 野生が残っているのなら、日々の手入れを怠る事は無いと思うのだが。

 ともかくトットルッチェは自分に言い訳を重ね、柱に飛びついてみようとした。

 そこに宰相登場。

「何をされているのですか?」

「いや、まあ、僕もライオンだからね」

 と不思議そうにしている宰相に通じない弁明をする。

 そして、「それはそうと」と話をすぐにそらす。

「王様には会えそう?」

「はい。ですが・・・」

 と浮かない表情の宰相。

「私も書簡に目を通しましたが、恐らくはジルルキンハイドラ様の意には添えないと思われます」

「いいよ、いいよ。そんなのどうでも」

「そうでありますか?そうであるのなら良いのですが・・・」

 歯切れの悪い宰相の後に続いて、トットルッチェは玉座の間に案内される。

 玉座の間では喧々諤々の議論がされていたが、トットルッチェが入ってくると、途端静かになった。

「魔女の御使いよ。遠路、ご苦労」

 臣下は控え、王は威信を示して、トットルッチェを労った。

「どーも。で、王様はジルの手紙読んでくれた?」

 トットルッチェはいつも通り気取らず、用件だけを聞く。

「うむ。読ませてもらった。臣下とも話し合いをしたが、援軍の件、飲めそうにない」

「ふーん。そう。分かった。じゃあ、ジルにそう伝えとくよ」

 あっさりと引きさがるトットルッチェを不審がる王。

「じゃあ、僕、時間無いから。もう行くね」

「この件、本当に断っても良いのだな?」

 何か裏があるのでは、そう王は思った。

「いいよ。別に。ジルの手紙読んだんでしょ。それで、断るって決めたんならいいんじゃない?」

「そうか・・・時に御使いはこの援軍についてはどう思われるのか?」

「え?僕?」

 聞かれるとも思ってもいなかったようで、トットルッチェは困ってしまう。

 首をひねって、たてがみの右後ろを後ろ足でかいてみたり、そうしてしばらく考えた。

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