四章 「罠、花火、コッカス」 -3-
「火計は成功したようです。ジルルキンハイドラ様」
「あれだけ派手な陽動。ベネキア軍に忍び込んだ者も仕事がやりやすかったでしょう」
「うん。そだね~」
「責もティナエルジカ様に向くよう、情報を流しております。あり得ない、そう思いながらもあの獄炎の魔女ならと何があってもと納得させるのは、さすが魔女の名の力でしょうか?」
「う~ん。それは多分ティナだからじゃないかな。あの子見た目目立つし、尊敬より畏怖のが強いし、不満をぶつけるのには最適なんじゃないかな。何か都合の悪い事があると魔女のせいにしたり、そんな風な対象になりやすい子なのよ。でも、ティナは強いから実際に直接何かをって事は無いとは思うけど。さっきも見たと思うけど、ティナの力はすごいのよ。それにさっきのも全力ではないし。出来れば先の戦で捕らえて、門番にでもしたかったんだけど、そうしたら戦もだいぶ楽になるし。うまくいかなかったけど」
そんな風にジルが話していると、軍議の間にコッカスが慌てて転がり込んでくる。
「なんだったんだ、今のは!?それより兵糧庫が、兵糧庫が燃えているぞ!」
「うん。そうですね」
「そうですねではない!くそぉ、これでは戦どころではないではないか。やはりベネキアに下るべきだったのか・・・」
地団太踏み、崩れ落ちるコッカス。
ジルはそんなコッカスの手を取り、微笑んだ。
「大丈夫です。兵糧は別の場所に移してあります」
「本当か?!」
「それよりも先程貴方は言いましたよね。やはりベネキアに下るべきだったのか。って」
「そ、それは・・・」
「私がここに来た時も似たような事を言っていましたよね?確か降伏勧告の使者でしたっけ?」
「そんな事を言った覚えはない!」
そう言ってコッカスはジルの手を振り払おうとするが、ジルはがっちりと押さえ込み、動きをとらせない。
力任せにコッカスは暴れようとするも、これも逆にジルに組み伏せられてしまう。
歪むコッカスの表情と裏腹にジルの微笑みは崩れない。
「さあ、言ってもらえますか?貴方が何を知っているかを・・・」
背から手を差し込み、臓物をまさぐろうとジルの手がかざされた。
そこで制止の声が届く。
「お止めください、ジルルキンハイドラ様!」
「・・・何故?この男は貴方達を売って我が身の保身を買った男よ。庇いだてする義理は無いでしょ?」
「コッカス少将はそのようなお方ではありません」
ジルは取り巻く兵士達の顔、そしてコッカスを覗き見る。
コッカスは顔を背け、震えていた。
「情状酌量の余地ありってところなのでしょうか?」
そう言ってジルは戒めを解く。
それからジルは椅子にちょこんと座り、コッカスが口を開くのをしばしの間待った。
体をさすりながらコッカスはバツの悪そうに。
「・・・国を裏切ったのは確かだ。だが、買ったのは我が身だけではない。この砦の皆の命だ」
「軍人としてよりも人とあろうとしたってことでしょうか?」
「ここが落ちれば一気にシュレミアではベネキアに降伏する意見の方に傾くだろう。そうなれば無用な戦は起きない。ベネキアに占領された後でも立て直しはきく。そのような場所はもう既にいくつかあるからな」
「その約条が守られると言う保証はあったの?」
「無くともそれしか方法が無かったのだ」
ジルは目をつむり、コッカスの言葉を噛みしめる。
「貴方を悪いとは言うつもり私には無いです。けれど、今回のティナの襲撃で不和が生まれる可能性もある。勘のいい者なら気付くはず、何故兵糧庫の位置の情報が敵に流れていたのかと。申し訳ありませんが、戦が終わるまで少しの間牢で大人しくしていただけますか?」
不安そうにする他の兵達に続ける。
「大丈夫。悪いようにはしないから。戦が終わるまでの間だけだから。その後は何も無かったようにすればいい」
そうして、コッカスは他の兵達に両脇を固められ、部屋を出ていこうとしていた。
力無いコッカスに憐れむ他の兵達。
「魔女よ・・・この戦、本当に勝てるのか?」
「勝てます。絶対に」
「・・・その自信の根拠は?」
「私がここにいる。それが理由です」
コッカスは豪快に笑った。
「それは大した理由だ!しかし、そうでなくては。これで心置きなく逝ける」
そう言って、コッカスは歯の奥に仕込んでいたものを噛み潰した。
そして、コッカスは目を見張り、呆けた。
「おいしいですか?特製の人参エキスです。元気が出ますよ」
そして、ぼそりと私は嫌いだけどと続ける。
「悪いですけど、貴方の仕込んでいた毒は差し替えさせていただきました。戦争だからと言ってそう死に急ぐものではありません。生きなさい。生きるべきです」
呆けていたコッカスはジルの言葉に苦笑する。
「お優しい魔女様だ・・・しかし、甘い。それでは戦には勝てない!」
コッカスの反応の変化に気付いたジルは思わず叫ぶ。
「だめ~~~!!!」
崩れちるコッカス。
その口からは血を流していた。
急ぎ、懐の中から薬品を取り出し、手当てを始める。
切り離された舌をくっつけ、血を止め、血やらで塞がった気道を確保し、胸に手を突っ込み心臓を動かす。
「ジルルキンハイドラ様・・・コッカス少将は。もう・・・」
「うるさい!黙れ!とりあえず三回死んでこい!」
兵士達はジルの剣幕に怯み、その場をじっと見つめるしかなかった。
けれど、時間が経ってもコッカスの意識は戻る事は無かった。
ジルの手も止まり、ただ意気消沈していた。
「コッカス少将は・・・」
淀んだ空気を動かしたくて、一人の兵が言葉を紡ぐ。
「恐らくジルルキンハイドラ様を恨んでいません。死は覚悟していたことです。ですから、そう気に病まれずとも・・・」
「なら、私がこの戦が嫌になって途中で手を引いても貴方達は私を恨まない?」
それは、と言い淀み。
「恨みません。私達も軍人ですから」
ジルはようやくその場を立ち上がり、微笑む。
「そう。優しい子ね。でも、そんなに単純なものではないでしょ?人間の心って」
そして、血で汚れた手でコッカスの瞳を閉じた。
「大丈夫。安心して。私は逃げないし、この戦も絶対に勝つ」
ジルは毅然とした態度で兵達に宣言する。
もちろんその言葉の後に『手段を選ばなければ』と続く事もジルは重々承知していた。