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四章 「罠、花火、コッカス」 -2-

 他の将校達を前にダイナスは熱弁をふるっていた。

「そもそもあのゲルガー砦には籠城に耐えうるだけの蓄えがないのだ。しかも情報によれば補給もままなっていない様子。ここを突けば容易く砦は落ちよう」

「情報によれば?それは何処からの情報なのです?」

 ダイナスに真っ先に噛みついて来たのはアトレイア。

 相も変わらず残った髭を撫で、無愛想な態度。

 言い淀んで、ダイナスは言葉を選ぶ。

「ゲルガー砦に忍ばせている密偵からの情報だ」

「密偵?そんなものがいたとは・・・ならば今回の罠もその位置やどういったものかの情報も既に ダイナス大佐には有ったと言う訳でしょうか?知っていてむざむざ同胞の命を散らせたと?」

 ダイナスは次々に寄せられる懐疑の視線にうろたえ、弁明した。

「ち、違う。向こうに魔女が来てからぷっつりと連絡が途絶えた。元々密偵はシュレミアの人間だった。恐らくはアトレイア少将のように我々よりも魔女を選んだのであろう」

「なるほど。情報はジルルキンハイドラ様が来る以前のもの。であるならば、その情報は魔女が流した偽情報ではないでしょうな。信に値しましょう。補給はままなっていない。どうされますか、将軍?」

 アトレイアはダイナスの皮肉を受け流し、奥に鎮座する人物に指示を仰ぐ。

 将軍は重々しくその口を開く。

「我がベネキア軍の兵達は精鋭だ。それは疑いようもない。しかし、それでも苦戦を強いられた。我々は少々魔女を甘く見過ぎていたようだ。アトレイア、魔女は次はどう動く?」

「こちらから仕掛けるまでゲルガー砦から仕掛ける気配はありませんでした。恐らくは待っているのかと」

「何をだ?」

「分かりません。考えられるのはシュレミアの援軍。ですが、それでこのベネキアと対等に戦えるかと言えば疑問です。もっと違う何かを待っているやもしれません。天候の変化、この地における何か特殊な状況、魔女の深謀は私の様な凡愚にはどうにも」

「そうか。分かる事は時間を与えてはいかんという事か」

では、戦の準備をと将軍は締めくくろうとした。

 しかし、この軍議の主役をアトレイアにさらわれまいとダイナスは割って入る。

「お待ちください、将軍。ここにゲルガー砦の兵糧庫の場所が記されたものがあります。ここを叩けば、我々の勝利は確実のものとなりましょう」

「夜陰にまぎれて兵糧庫を奇襲。確かにその後に砦を包囲すれば、戦わずとも降伏する可能性も出てきますね」

「その通り。それにこちらには奇襲に適任の者がいる」

 怪訝そうにするアトレイアにダイナスはテントの端に目をやる。

 そこにはナージャをソファー代わりにして本を読むティナの姿がある。

「こちらにも魔女がいる。これを使わぬ手はあるまい。先の戦ではアトレイア少将が魔女を戦線から引かせていたと聞く。よもや魔女を私物化しているのではあるまいな」

「仰りたい旨は分かりますが・・・あまりお勧めできませんな。特に獄炎の魔女は。天災の類だと思われた方がよいでしょうから。計の中に組み込めばそこからほころぶかと」

 天災、言い得て妙だとナージャは感心する。

 そして、パタンと本を閉じる音がした。

「いいわよ。奇襲でも何でもしてあげるわ」

 主よ、とナージャの諌める声が空しくさまよう。

「どうにも気になっていたのよね。私がどうしてこうも軽く見られるのか。考えれば簡単よね。ここにいるガキどもは私の実力を知らないから。だったら見せてあげるわよ。私の力」

 テントの中でティナの高笑いが響き、ため息が二つ。

 それからにんまりと笑む顔が一つ、ぽかんと呆けた顔が多数。

 そして、将軍は裁を決した。


 その夜の事である。

 ゲルガー砦に火柱が上がった。

 その巨大さにそこに火山があったのではと思うほどである。

 渦巻く炎は昇竜の如く。

 龍の目玉を描いたのは誰か?

 その者の名はティナエルジカ。

 高笑いと共にゲルガー砦を背にしていた。

 もちろん騎馬の如く扱われているナージャは今回もため息である。

 その炎は火山ようではあるが、当然それでは無いので、砂礫の類は飛んでは来ない。

 しかし、その代わりにひゅるひゅると音を立てるものがあった。

 それは空へ蛇行し、大輪の花を咲かせた。

 花火だ。

 大きな音がベネキアの陣まで響いた。

 次々と夜空を彩る花々。

 ベネキアの兵士達は目を丸くするだけである。

 そんな中、一発の花火がベネキアの陣の近くの上空まで飛んできた。

 近くで裂く音。

「なんつもりなのでしょう?ジルルキンハイドラ様」

 アトレイアのその答えが返ってこないはずの問いかけは、すぐに返事が返ってくる。

「アトレイア少将!大変でございます。兵糧庫が炎に包まれて・・・」

 アトレイアの涼しげな顔が歪み、ゲルガー砦を睨みつける。

 もう花火は上がっておらず、静寂の中に耳鳴りだけが残っている。

「先程の火花が飛び火し、兵糧庫に移った様です。只今はダイナス大佐が指揮をとり・・・」

(有り得ない。先の程度の火が飛び火?有り得ない)

 しかし、その場に到着すれば突き付けられる現実は火の海。

「これはどういう事だ。アトレイア少将!あの魔女は何をしている?このような・・・このような惨事を招いて!」

「だから、お勧めしないと言ったはずです」

「卿は知っていたのか!こうなる事を!」

「知っていたのならもっと真剣に止めていた!」

 珍しく声を荒げるアトレイアにダイナスは一瞬怖じる。

 しかし、ダイナスの怒りもまた負けてはいない。

 すぐに反撃に移ろうとするが、そこに将軍が現れ閉口するのだった。

「まんまと魔女にやられたか」

「申し訳ありません。恐らくは兵糧庫の場所はあっていたのでしょう。しかし、ジルルキンハイドラ様はその情報が流れている事を知ってそれを逆手に取った。浅はかでした」

「よい。ダイナスもアトレイアも頭を上げよ。策を決したのは我。責は我に」

「しかし、これでは軍を引かなくてはいけなくなり・・・・」

「近隣の村々より兵站は徴収する」

 将軍の言葉にはっとアトレイアは顔を上げる。

「しかし、それでは民は!」

「大丈夫だ、アトレイア。すぐにベネキア本国より補給が来る。その間、耐えてもらうだけだ」

(その間にどれだけの人間が飢え死ぬと思っているのだ。これだから貴族のボンボンは!)

 アトレイアの涼しげな表情は変わらず。

 しかし、その胸の内の炎は猛り狂うのだった。


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