三章 「ゲルガー砦、仲間、名もなき傭兵」 -3-
そして、砦の中の部屋に着いた。
部屋にはジル、先程のコッカス、その他数名。
「その他ではない!僕の名は・・・」
名もなき傭兵の姿までもある。
傭兵の言葉を遮ったのは、机を叩く音。
「どういうつもりだ!」
コッカスがまるで机を破壊するのではないかという勢いで、机を叩いていた。
「どういうつもりと言われても?私は先程言った通り助力に来ただけです。このままじゃこの砦が落ちるのは目に見えているでしょう?」
「そんな事は無い。すぐにシュレミアからこの砦に援軍が来る。そうなれば・・・」
「貴方は部下にはそう言っているの?本当に援軍が来ると。部下達は本当にそれを信じていると?」
「何を・・・」
コッカスは驚いた表情で皆の顔を見回す。
そこにいた者たちは皆、気まずそうに視線を外す。
「貴方が真実を語らぬとも皆には分かるのです。兵の増員をしたのはいつ?補給物資が来たのはいつ?もう既に覚悟を決めている。だからこそ私が来た事をあんなにも歓迎したのです」
「シュレミアには僕のママンがいる。僕はママンにシュレミアが戦禍に巻き込まれるかもしれないから逃げろって言ったんだ。なのにママンはシュレミアから離れたくないって。パパの墓があるからって。それどころか僕に逃げろって。逃げられる訳ないじゃないか」
名もなき傭兵の言葉に少なからず涙する者もいた。
それぞれに事情と想いを抱えここにいる。
想い重ねる部分も多々あるはずである。
「そうか、そうであったのか。皆すまん。良かれと思って隠していたが、考えてみればすぐにばれる事ではあった」
恐らくはこの中で一番地位の高いであろうコッカスが、深々と頭を下げていた。
「そんな」「止めてください」と他の者たちが止めるのも聞かず、コッカスは皆に謝り続ける。
そして、コッカスはジルを見つめた。
「魔女よ。助力と言ったな。策はあるのか?」
「増援を出すようにシュレミアに使いを出しています」
「増援・・・魔女の名をもってすれば可能なのか?」
恐らく何度もコッカスも乞うてきたことだろう。
それが目の前の見た目だけとはいえ、幼女がいとも簡単に成せるとなるとコッカスにしてみれば、少し複雑な心中であろう。
「いえ、名の力だけでは何とも。シュレミアへの指示も共に記してありますので、それを見て判断するでしょう」
「シュレミアがとれる策があるのだな?」
「ええ」
「その策とは?」
「・・・秘密です」
コッカスはもちろん他の者までもが目を見開き、ジルを見た。
しかし、ジルの口は策の内容を説明しようとはしない。
「ここに来て隠し事とは。それはこれから命運を共にしようという者たちへの侮辱ではないか?」
「この隠匿も策の内と取っていただけるとありがたいのですが」
「・・・まあ、良い。だが、シュレミアの援軍を呼べたとしてもこの砦に間にあうのか?それまでベネキアは待ってはくれまい」
「恐らくそうでしょうね。向こうの準備が出来るのがだいたい一週間ほど。シュレミアからこちらまで増援が届くとして二週間。単純に少なくとも一週間この砦を守らねばなりません」
「一週間・・・簡単に言ってくれる。一日として持つかどうかというのに」
「ですから細工をして時間を稼ぎます」
「細工?」
「ええ。では、説明させていただきます」
そして、ジルはカバンの中から砦の見取り図を取り出した。
その見取り図は精密で当のシュレミア兵でさえ知らない秘密の隠し部屋まで記されている。
ジルは図に書き込みながら事細かに指示を出し、各所に配置する物を決めていく。
全ての指示を出し終え、ようやくジルは緊張の糸が解けたように大きく息を吐いた。
(相手の出方にもよるけど、これで作業が順調に進めば、ある程度は時間が稼げるかな?)
久方ぶりの真面目モードにジルはぐったりして部屋を退室しようとしていたが、そこに一人の兵がジルに声をかけた。
「ふへ?な、何?まだ何かあるの?」
「ジルルキンハイドラ様、共に頑張りましょう!」
「う、うん。そだね。がんばろ~。お~」
頼りなく突き上げられた拳に、その部屋にいる皆が倣い、呼応する。
そして、部屋の外でも声が上がった。
「何事か」と急ぎ部屋の扉を開けると、そこには盗み聞きしていたのか多くの兵士が拳を上げて固まっていた。
その様子が面白かったのかジルがにへらと笑う。
それにつられて固まっていた兵士たちもばつの悪そうににへらと笑うのである。