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三章 「ゲルガー砦、仲間、名もなき傭兵」 -2-

 芯の強い黒いたてがみ。

 ジルはそこから手を放し、大地を踏みしめる。

 乾いた大地は固く、風が吹けば土煙が起きる。

 ジルの目の前には砦に通ずる橋、その向こうの大きな門がある。

 砦は水の無い堀に囲まれ、装飾的な物は無く無骨だ。

 ただそこを守るためだけにある、そのような雰囲気であった。

「じゃあ、トットルッチェ。頼んだわね」

 大地にひざまづいたジルはカバンの中から紐のついた筒を取り出す。

 そして、紐をトットルッチェの首に通し、解けぬように少し変わった結び方をした。

「まあ、頼まれればやらないでもないけどさー。正直、結果は期待しないでよ。急いでみるけど、時間的に間に合わないと僕は思うし」

「大丈夫よ~。私が何とか時間稼ぎしておくから、安心して行って来て」

「うーん。ホントに一人で大丈夫なの?例えば食事とか。色々ジル一人じゃ何もできないでしょ。なんか戻って来て、行き倒れてたら、僕、寝覚め悪いんだけど」

「失礼ね~。私だってある程度何でもできます~。そもそもトットルッチェが来る前までずっと一人だったんだから~」

 エッヘンと胸を張るジルだが、そんなに褒められるような事が出来る訳ではない。

 あくまである程度の事である。

「うーん。まあ、それもそうか。じゃあ、行ってくるからそれなりの報酬を宜しくねー」

 抜け目なく労働の対価を求め、トットルッチェはその場を去ろうとする。

 そんなトットルッチェにジルは最後にこう叫ぶ。

「報酬は向こうで貰ってきてね~」

「へ?向こう?」

「うん。向こうで貰えるはずだから」

「ふーん。まあ、いいや。とりあえず行ってくるよ」

「うん。行ってらっしゃい」

 遠く去る黒い影を見送り、ジルは砦を見つめ、きりりと顔を引き締めるのだった。

「よし。私も行くか!」

 勇んでジルは門の前にたどり着くが、肝心の門兵の姿がない。

「た、たのも~」

 蚊の鳴くような声で開門を促すが、一向に門が開く気配はない。

「もしかして留守?・・・な訳ないか。でも開く様子もないし。どうしたらいいんだろ~」

 腕組みをしてジルはうんうん唸る。

 刹那、ジルの頭の上で電球がピカーンと光る!

 新しい技を思いついたようだ。

「開けゴマ!」

 ジルは大の字に体を開き、高らかに技を叫ぶ。

 途端、物々しい音と共に門が開く。

 技は成功したようだ。

 しかし、開かれた門の先には武装した兵士達が武器を構え、ジルを待ちかまえていた。

「あ、あれ~?なんかしたかな、私?ねえ、トットルッチェ?」

 しかし、ジルの身を守る獅子はここにはいない。

 おろおろしているジルの前に一人の男が進み出る。

 熊の体に人間の頭を乗っけた様な大柄の男だった。

「よもやベネキアの降伏勧告の使者が魔女とはな」

「へ?ベネキア?」

「とぼけずとも良い。先の戦で名もなき傭兵が魔女の姿を見たという報告を受けている」

「ああ、ティナのことね。人違いよ。ベネキアにいるのは獄炎の魔女ティナエルジカ」

「人違い?」

 怪訝そうにするコッカスにターバンを巻いた男が歩み寄り、自信たっぷりに事情を話す。

「ああ、そうだよ。その人は僕の頭をツンツルテンにしたあいつとは違う。それにしてもコッカス少将。名もなき傭兵とはひどいな。他の傭兵はどうでもいいけど、僕の名前ぐらい覚えておいてくれよ。僕の名は・・・」

「私の名はジルルキンハイドラ。深緑の魔女と呼ばれる者よ」

「・・・僕は・・・名乗らせてもくれないのか・・・」

 がくりと名もなき傭兵は膝をついた。

「それで、その深緑の魔女がこの砦に何ようだ?」

 コッカスのその質問にやっと本題に入れると、ジルはにたりと笑う。

「助力・・・と言えば貴方達は喜ぶのでしょうか?それとも迷惑ですか?」

 色めき立つ兵士達。

 しかし、コッカスだけは渋い顔をしていた。

「どんな裏がある?魔女」

「裏?私はこのままじゃ近い将来ベネキアが私の森にちょっかいを出すから、先に叩いておきたいだけです。この答えじゃ不満でしょうか?」

「その言葉を信じろと・・・」

「別に信じなくても良いです。ただ今ここで断れば、彼らの不満は一気に貴方に向くでしょうね」

 圧倒的な数のベネキア軍に死を覚悟していた者も多くいただろう。

 その彼らが手にした一筋の光を絶つ事はコッカスにはできない。

 もし出来たとしても、それこそ命をかけねばならない。

「謀ったな」

「ええ、魔女ですから。では、行きましょう。時間もあまりない。やるべきことはたくさんあります。急ぎましょう」

 煮え切らぬの表情のコッカスを一瞥して、まるで我が家のように砦にズカズカと入っていくジル。

 その威風堂々たる様に兵士達は沈んでいた戦意が蘇るのだった。

「勝てるぞ」そう一人が漏らしたのがきっかけであった。

「この戦、勝てるぞー!」と叫ぶ者まで出てくる。

 戦に勝てる根拠など何処にも無い。

 戦力差は明らかなのだから。

 しかし、彼らの中に幼き頃より言い聞かされてきた多くの魔女の伝説があった。

 それは『早く寝ないと魔女が来る』という稚拙な脅しから、権謀術中を尽くした戦術書の手本としてのエピソードまでである。

 やがて自分達の鼓舞は称賛に変わる。

『魔女、万歳』

『ジルルキンハイドラ様、万歳』

 そんな称えられる言葉達に眉根一つ動かさず、ジルはただ真っ直ぐ歩み続ける。

 当のジルの心中はと言うと、ここで転んでは示しがつかないと、転ばないように注意して前に進んでいただけであるのだが。


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