三章 「ゲルガー砦、仲間、名もなき傭兵」 -1-
「で、何故その深緑の魔女とやらがここにいない?」
円卓には軍人たちが雁首並べている。
彼らの視線の先にはティナ。
ティナは彼らに一切物怖じした様子は無く、腰に手を当て、まるで見下している様である。
傍らには赤い豹のナージャが控えているが、そちらの方が落ち着かない様子である。
「さあ?ジル姉の事だから私には分からないわ。途中で気でも変わったんじゃない?」
「貴様、我等をなめているのか!」
一人に軍人が机を叩き、勇むが、すぐにその顔を机に突っ伏してしまう。
押さえる顔の奥から見えるのは火脹れした肌。
悪びれなくティナは肩をすくめて見せる。
「あら、それはそちらでしょ?私を誰だと思っているの?礼儀がなってないわよ、ガキども。何なら、今、この場で全員消し炭にしてあげましょうか♪」
「き、さまー!たたっ斬ってやる!」
「止めないか、ベネット中尉!」
軍刀に手をかけようとするベネットに上官がすぐさま諌める。
「しかし、ダイナス大佐!」
「将軍の御前である。控えろ、ベネット中尉」
ベネットは奥に鎮座する人物をちらりと見て、苦虫を噛みつぶす。
そして、顔を押さえながら席に着いた。
軍医がすぐさまその場に来るが、ベネットは「よい」と一言かけ、下がらせる。
「時にアトレイア少将」
「はい。何でしょうか?ダイナス大佐」
一連の出来事を顔色一つ変えずに見ていたアトレイア。
片方残ったクルリン髭を撫でながらアトレイアが素っ頓狂な声を出す。
ダイナスはその声にひくりと眉を動かすが、平静を装い話を続ける。
「かねてより卿は此度のゲルガー砦攻めを止めるよう進言していた。よもやその深緑の魔女とやらをそそのかしたのではあるまいな」
「これは心外です。確かに私は今回のゲルガー砦攻めには反対でしたが、将軍が是と言われれば、それに従うが筋というもの。それにジルルキンハイドラ様へ宛てた書簡の内容も既にダイナス大佐も検閲済みであると思われますが?」
「検閲?私はそんな事はしてはいない」
「そうでありましたか。いえ、便箋の減りが早い事や紙くずが早々に始末されるのを鑑みて、ダイナス大佐がきっと検閲されているのだと思っておりました。しかし、そうでないとするならば一大事でありますな。敵に内情が流れている可能性もあります。早々に事態の把握、追求をして、縄をかけねばなりませんな。自軍の中に敵の内通者がいると疑うのは心苦しいですが、この場合は仕方がありません。さて、誰が私の手紙を覗き見たのやら」
アトレイアはそう言いながら、円卓に並ぶ軍人達の顔を見回す。
まるでその中に内通者かいるような態度に、一様に嫌な顔をする。
「そもそも魔女の我が軍への取り込みは作戦の一環ともいえます。ならば、遠慮などせずに私の元にそのまま来るはず。いやー、ここは素直に私の落ち度ですな。そう思うと私は本気で内通者を追求せねば、面目が立ちません。もちろん他の方々の手をわずらわす事無く事態の究明させていただきます。私の落ち度ですから。さあ、覗き趣味の変態は何処にいるのやら」
アトレイアは軽く笑う。
気に入らないと腹の中では思いながらも、口にすればやり玉になるのは目に見えている。
口をつぐみ、アトレイアと目を合わせる者はいなかった。
険悪な空気が流れる中、奥に鎮座する人物が動く。
「もう、よい。アトレイア」
アトレイアは一声返事をして頭を下げる。
「アトレイア、お前は何故このベネキア軍にいる?」
「それは村が飢饉で生きるに生きていられず、ベネキアに身を寄せたのであります」
「そうだな。ベネキアはお前に生きる糧を与え、その才を生かす場所を与えた。ならばその時魔女は何をしていた?お前が飢えに苦しみ、お前の家族が飢えに苦しんでいた時に何を与えてくれた?」
「・・・いえ、何も」
「では、魔女を引き抜きを提言してきたときの質問をもう一度しよう。お前の忠誠は何処にある?魔女か、ベネキアか?」
「私の忠誠はベネキアの元に」
「ならば、良い。確かにアトレイア、お前の言う通りこの地はやせ細っていて継続した大規模な遠征をするには不向きであろう。一度軍を引き、地盤を固めるべきかもしれない。だが、このような地であるからこそベネキアの威光が必要なのだ。一時は戦禍により民も苦しむだろう。しかし、民に手を差し伸べる意思を持たぬ者の支配では幸福にはなれぬ。分かるな、アトレイア」
「はい。将軍の御意、このアトレイアの心の隅から隅まで染みわたっております」
将軍はこくりとうなずくと、ティナの方へ視線を変える。
ティナは腕を組み、我関せずと言わんばかりに明後日の方を見ていた。
「獄炎の魔女とやら」
「何?」
「その深緑の魔女とやらは今どこに?」
「さあ、知らないわ」
両者は視線を交わしたまま、動かない。
将軍の身が焼かれる事も無く、不遜だとティナに斬りかかる事も無かった。
やがてティナが根負けしたようにため息一つ。
「・・・恐らくはゲルガー砦」
「やはりか。では、魔女をも相手にせねばならんな。獄炎の魔女、貴様の同族を斬らねばならなくなった。お前も我が軍に反するか?」
「さあ?ジル姉が貴方達如きにやられるとも思えないけれど、やりたければやればいいわ。私には関係ない事だわ」
ティナの不用意な一言にナージャが割って入る。
「主よ、いいのですか?そんなことを言って!」
「大丈夫よ。ジル姉は見えるけど聞こえないから、あとでなんとでもごまかせばいいわ♪」
ティナのウィンクにナージャはげんなりする。
恐らくまた厄介なことになるのだろう。
(そして、また我が苦労せねばならなくなる・・・)
「ならば、当初の作戦通りにゲルガー砦を落とす。皆それでよいな。魔女が敵となった。しかし、我がベネキアは魔女如きに敗れはしない。魔女もろともに攻め滅ぼし、この大地にベネキアの威光を!」
軍人達が一斉に立ち上がり、吠えた。
そのテントの中が熱気で満ちていた。
(魔女如き?魔女の力を知らないからそんな事を言えるのだ。魔女の力を甘く見過ぎている)
ナージャとアトレイアは同じ事を思う。
そして、ナージャは機嫌の悪いティナを見、アトレイアは遠くのジルの姿を思い、青空を眺めるのであった。




