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二章 「森、姉妹、お着替え」 -2-

 ジルは部屋の戸を閉じ、ぐしぐしと目をこすった。

「嫌だって言ってるのに、何であんなにしつこいかな~」

 大きく息を吐き、ふと部屋の中に目をやると、テーブルの上にある本。

 いつだったか、学者連中に翻訳を頼まれていた本だ。

 ジルは本の表紙を愛おしそうに指で撫でる。

「本はすごいよね。私以外みんな忘れてしまいそうな過去もこうやって、残っていくんだから。こうやって未来の人達にこんな悲劇があっちゃいけないって教えている。なのに、なんでまた繰り返すんだろう?戦争なんて辛いだけだよぉ」

 ジルは窓を開き、外を眺める。

「リリィロッシュは今どうなっているだろう?」

 そして、世界を覗き見る。

 かつて緑一面の草原だった彼の地は、今や荒れ果てた乾いた大地。

 そこに布陣されたベネキア軍は巨大で、恐らく手紙にあった通りゲルガー砦が落ちるのも時間の問題であろう。

 一方ゲルガー砦を有するシュレミア国でも降伏か、徹底抗戦かで国中が紛糾している。

 ゲルガー砦は捨て石としているのか、補給線は途絶えてしまっているようだ。

 周辺諸国も様子見のようで、静観している。

 ゲルガー砦、さらにシュレミア、そしてさらにベネキア軍が勢力を拡大していくつもりならば、当然ジルの森にも手は伸びる。

 その時森が火の海になるのは明らかだ。

(恐らくはここで食い止めるのが最善の一手。けど・・・)

 ジルは本を開き、そこに書いてあるジルへの呪詛の様な恨み言の文字をなぞる。

 その怨詛の言霊は罪を意識しているジルには心地よかった。

 ジルが欲したのは、許しではなく罰だ。

 今この時、磔にされ火やぶりにされてもジルは笑って逝けるかもしれない。

(私が出ていけば、きっとまた同じような悲しい物語が綴られる)

 確かにこれから新しく生まれる物語はきっとジルの想像通り悲しい物語になるだろう。

「やっぱりリリィロッシュに行かないと駄目かな」

 それは風が吹けば、飛ばされそうなか弱い決意であった。

 しかし、ジルは悲しいかな聡い。

 このまま放置しておけばどうなるか、それはジル自身がよく分かっていた。

 もちろん森を捨てると言う選択もある。

 だが、その先にあるのは同じことの繰り返し。

 各地を転々とし、流浪の身とやつすこととなる。

 そして、その力を疎まれ、迫害されることとなるだろう。

 この森で永らくの間、安寧を得られたのは、ひとえに人々からの畏怖と尊敬の念があったからこそ。

 森を捨てると言う事はまさにそれすらも捨ててしまうと言う事なのである。

 ジルは深く目を閉じ、本を閉じた。

 そして、ジルは旅支度を始めた。

 そんな折、ドアがノックされる。

 現れたのはティナ。

「ジル姉、ちょっといい?いろいろ考えたんだけど、やっぱり私一人で何とかするわ。色々騒がせて悪かったわね・・・ねえ、ジル姉。聞いてるの?」

 ジルは一糸まとわぬ姿で、直立不動で動けないでいた。

 その手には今から着替えようとしていた下着が握られている。

 口をパクパクとさせ、何かを喋ろうとしているが、声に出ていない。

 ティナは興味無さそうにその様子を見ていた。

「何してるの?ジル姉?そんな格好で、さっさと着替えたら?」

 ティナは鼻で笑う。

「い、今鼻で笑ったでしょ~。ひど~い」

「笑って無いわよ。ただ貧相だなって思っただけ」

「貧相で悪かったわね。そんなにじろじろ見ないでよ」

「いいじゃない。別に女同士で、姉妹なんだから。それに見られても減るもんじゃないし」

「私はティナみたいな露出狂じゃないの!見られたら減るの!」

「その体、お腹のあたりぐらいしか減りようないじゃないの。むしろ見られて減らしたいんじゃないの?」

「もう、馬鹿~!いいからさっさと出てってよ!着替えるんだから」

「はいはい、分かったわ。じゃあね、ジル姉」

 ひらひらと手を振って出ていこうとするティナにジルは声をかける。

「ちょっと待ちなさい。準備ができたら行くから。下で待ってなさい」

「え?ジル姉、来てくれるの?」

「私だって行きたくないけど。仕様がないじゃない」

「そうなの・・・まあ、いいわ。じゃあ、下で待っているわ」

 人がやっとの思いで決心をつけたのに、たいして嬉しそうにしていないティナにジルは少し腹を立て、悪態をつく。

 そして、さしてないお腹の肉を指でつまみ、ため息をつく。

「太って無いもん。痩せすぎは体に悪いって本に書いてあったし、少しぐらいお肉がある方が男の人は好きだって本に書いてあったし・・・」

 そして、またため息。

 それから着替えを再開した。

 下着をつけ、シルクのシャツに袖を通す。

 黒い皮で出来た短めのズボンを履くと、バックルの大きなベルトを通す。

 ベルトにはいくつものフォルダーが付いており、その中にジルは薬品らしきものが入った試験管やら小瓶を部屋の棚から入れていく。

 そして、ジルの膝ほどまでくる茶色の革のブーツを履き、萌葱色に浅葱色のグラデーションの入ったコートを羽織る。

 コートの内側、外側にもフォルダーが付いており、そこにも小瓶やらを入れていく。

 身なりを整え、薄紅を引くと、今度は白い麻のカバンを取り出す。

 カバンの中にも薬品の入った試験管やら小瓶。

 そして、あまりかさばらないサイズの本を数冊と着替え。

「よし!」

 準備ができたのか、腕組みしてジルは唸る。

 いざ、出かけようとした時、歩みはドアの前で止まる。

 それから何かを思い出したのかのように薬品が並ぶ棚に舞い戻るのだった。

 指で棚の上からなぞり、

「あった」

 黒い液体の入った小瓶を見つける。

 その小瓶の中の液体はジルの血液を元にして作られた毒。

 小瓶を取ろうとして、ジルの手がピクリと止まる。

 蘇る記憶。

 一面の黒い霧。

 その中では一切の生命は無い。

 ジルはその中を泣きながら、その惨状の中を歩いていた。

 光は戻り覚醒する。

 ジルは手を添えるようにその小瓶を手にする。

 そして、胸に抱き、そっと目を閉じた。

 思い出の地、リリィロッシュに思いを馳せ、小瓶を懐にしまった。

 かつて死翼の魔女と呼ばれた深緑の魔女ジルルキンハイドラはリリィロッシュへと向かう。

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